穏やかな笑みを分け隔てなく向け、落ち着いた物言いに仕草。 誰もが慕い、敬愛する。 そんな人物が三成は好きではなかった。 だから今もこうして、一般兵と何やら楽しげに話していると思いきや今度は近くを通りかかった兼続や己の家臣・島左近と話に花を咲かせ朗らかに笑う青年の様子に眉をひそめる。 「あぁ、石田殿ではありませんか。」 目線の先の青年が己の存在に気づき、その笑みを今度はこちらに向けてくる。 (・・・好かぬ) 恐らく、三成を知らない他のが見れば怖気づいて言葉を失くすか、気分を害するような不満の表情にも彼・幸村は怯まずさらに言葉を紡ぐ。 「今ちょうど兼続殿と左近殿と戦も終わったことですし、酒でも嗜みながら世間話でも、と云っていたところです。宜しければ石田殿もいらして下さい。」 「生憎俺は酒もくだらん世間話も好かん。それに、戦場で武働きだけが仕事のお前と違って俺は忙しいのだよ。」 少し言い過ぎたか?と思ったがこれくらい言っておけばもう自分に構おうとも思わないだろうと三成は納得し、明らかに己を責める視線を送る兼続と困った表情の左近を無視し、幸村に背を向けた。 「三成。」 大坂に帰る準備を進める兵士たちの間を抜け、三成も自分の馬を探していたところで兼続に呼び止められた。 兼続の声には少なからず自分を咎めるものが感じられた。 「先ほどのは何だ?」 「何とは、何だ?」 質問に質問で返す三成に兼続をぐっと一度言葉を詰まらせる。 人の気分を害するのが恐ろしく得意な己の友人の真意を測っているのだろう。 三成は故意に憎らしい口を叩くときと、無意識にそのような言葉を吐くときとがあり、前者の場合は本人に非があるにせよ、後者の場合は三成の実直で物事を飾ることを知らない、ある意味彼の素直な性格からきたことなので全面的に三成を咎めるのは酷だ、と兼続は考えている。 だから今もこの一言がどちらに属するのか兼続は定めかねているのだろう。 それでも先ほどのことはどちらにせよ”咎めるべきこと”なので兼続は一度詰まらせた言葉を再開する。 「幸村のことだ。」 ”幸村”という名を聞いて三成は明らかに嫌そうに眉を顰める。 「あの言い方はあんまりなのではないか?」 「あんまりとは?」 どこまでも白を切る友人に兼続は大きくため息をつく。 こういった物言いはいつものことで今更兼続が腹を立てるようなものでもないのだが、今日は違った。 今日の三成の言動は共に義の世をつくろうと誓い合った紛れもない兼続の友人である幸村に向けられたものであったからだ。 兼続と幸村は幸村が人質として上杉家に預けられているときからの知り合いであり、兼続はこの誠実で温和な青年を実の弟のように可愛がっていた。 だからこそここで三成の性格がそうなのだから仕方ない、と引き下がるわけにはいかないのである。 そこでもう一度決意を固め「幸村・・・:」と言葉を続けようとしたときだ。 「好かんのだ。」 三成の透き通るような美声がそう一言兼続の言葉を遮った。 「・・・?」 だが、兼続はその意味を解さなかったかのように目を丸めて三成を見つめるだけだ。 その様子に三成は周りの喧騒で兼続に聞こえなかったのだと思いもう一度言い直すことにする。 「だから好かんのだ、と。」 「お前が?幸村を?」 今度は反応があった。 だがその反応があまりにも気の抜けたものだったので幾ばくか苛立ちを覚える。 「他に誰がある?」 「まさかっ!」 左近であればすでに冷や汗を流しているだろうほどの形相で兼続を睨みつけてみたが、本人はそれに臆するどころかハハッと大声を上げ笑いのけた。 「何を笑っておるのだっ!?兼続!!」 「だってあの温厚で誠実で誰からも好かれる幸村だぞ?幸村がお前を嫌うことがあってもその反対はありえんだろう?」 後半部分にむっとしたがそこには敢えて触れずここぞとばかりに三成は畳みかけるように続ける。 「だからなのだよっ!いつもへらへらして、己の従者はもちろん一般の兵卒からでさえ信頼が厚い。普段はぼんやり馬の世話ほどのことしかしておらぬのに戦では勇猛果敢ゆえ秀吉様の覚えも良い、お前や左近とは上杉や武田で旧知の仲であるし、あの傾き者の前田慶次とさえ何やら親しげだ。奴を嫌うものなどおらん。何の非のうちどころもない、立派な奴だ、あいつは。だがな、敢えて言おう。俺はそういう奴が好かんのだよ!見ていてイライラするっ!」 そこまで言い切ってぜえぜえと肩で息をしながら三成はやっと押し黙る。 一度に話した上に最後の方は気が立って語調もずいぶんきつくなったので息継ぎすることも忘れていた。 だが、そんな三成に対して兼続はというと何やらまたも驚きの表情で三成をじっと見たまま動こうとしない。 奇妙な沈黙が過ぎ、これ以上兼続の相手をしているのも馬鹿らしいと感じた三成が体を反転したとき、ハハッと先ほどよりも更に大きな笑い声が背後から聞こえてきた。 「ハハッ!三成っ!これは傑作だ!」 「・・・何が可笑しい?」 不快感をありありと滲ませながら三成が問い詰めるが笑い声は止まない 「兼続・・・いい加減に・・・!!」 腹を抱えて本格的に笑い出した兼続を自慢の鉄扇で殴りつけてやろうか、と手に鉄扇を構えだす 「三成っ・・・フッ、やめろ。お前、それは幸村と仲良くなりたいんだろう?」 「はぁ?」 あまりに予期せぬ言葉に三成は構えた鉄扇を落とし、間抜けな声を上げてしまった。 「それだけあいつのことをつらつらと述べられるということはそれだけお前が幸村を見ているということ、だ。違うか?」 「それはっ・・・!!」 何か反論せねば、と声を上げようとするが兼続が饒舌に畳みかける。 「それにお前はさっきから幸村を褒めてばかりいるではないか。それを見てお前はイライラするというが、イライラするなら見なければいいだろ。本当に嫌いな相手に自分から苛立ちを作りにいくほどお前は馬鹿ではなかろう?例に福島殿なんぞお前はいない者として己の視界に入れようともしないではないか。」 そこまで言われ全くの図星をつかれ三成はぐっと押し黙る。 確かに幸村の姿を見れば苛立つのは事実だが、そうとわかっていてその姿を自然といつも見てしまうのも事実だった。 だからこそ余計に苛立つのだ。 腹が立つ、苛立つとわかっていてその姿を追ってしまうことに。 もちろん自分が見つめていればいづれ自然と目が合う。 目が合うと幸村は決まってその穏やかな笑みを自分にも向けてくる。 だが、それに対する己の反応の仕方がわからない三成は眉根を不機嫌に寄せてしまう。 それの繰り返しだ。 何故こんなことをしているのか自分でもわからなかった。 だからまた一層腹が立つ。 これは何だ?そう三成は己に幾度尋ねたことか。 だがそれを兼続は・・・ 「なんだ。やはりお前もあの輪に入りたかったのだな!この兼続はわかっていたぞ!何、心配することはない幸村は本当にいい奴だ!お前にもすぐに親しんでくれるさ!それに三成、お前はそんなこと気負いする必要ないのだぞ!?何せ我らは義を誓い合った仲ではないか!」 耳まで真っ赤にした三成の肩をポンポンッと叩きながら兼続は一人勝手に納得している。 「それなら今からでも幸村との親睦会を・・・:」と言い掛けたところで三成はやっと我に返り、肩に掛けられた兼続の手をパンッと叩きのけた。 「馬鹿を言うな!俺はもう大坂に帰る!」 こんなところで馬鹿と話していたら馬鹿がうつるわ!とでも言うように三成は再び体を翻し、己の馬の許へ向かう。 その途中、兼続の方を振り返りもう一度念を押すように「俺は幸村が好かんのだ!」と付け足して三成は颯爽と去っていった。 「全く、困った奴だ。」 三成の背を見送りながら兼続は苦笑交じりにそう言った。 ”お前、それは幸村と仲良くなりたいんだろう?” 日が西に沈みかけている。 戦の後の疲労しきった兵たちがそれでも己が家々に向かい歩みを進める。 その中を風を切って馬に乗り進みながらも三成からはその言葉が離れなかった。 「そんなハズがあるか・・・あの馬鹿者。」 そう一人ごちてみても火照った頬の熱は未だ冷めることを知らなかった。終
ツンデレのツンでお送りしましたー。
[2009年 11月 15日]