「ちっ。」
手にした鉄扇で敵を蹴散らしながら三成は小さく悪態をついた。
完全に戦況を見誤った。
城は攻める側と守る側の比が3:1だと云われるほど攻める側の負担が大きい。
今回も地方の小大名が相手とは云え、籠城されてしまうと攻略は難しくなる。
だからこそ秀吉から軍の指揮を任された三成も気を抜いていたわけではなかった。
だが予想よりもあっさりと城は陥落した。
その時点でこれが敵の策か疑うべきだったのだが、三成は自らも軍を率いて城内に侵入し、もぬけの天守を見ることとなった。
すでに城主は風魔小太郎の手引きにより城を脱出していたのだ。
代わりに城内に潜んでいた風魔の忍たちが姿を現し、味方全軍が混乱に陥った。
混乱に陥った兵の士気は下がる一方で、主が不在の城にこれ以上留まる意味もない。
すぐに撤退の合図を出した三成であったが、自軍の退路を確保しているうちに自分が逃げ遅れたのだった。
「ちょろちょろと小賢しいっ!」
風魔の忍は伊賀や甲賀の忍とは違い、大陸から流れてきた者が一族を作り、旅芸人のようなことをしているうちに諸大名から暗殺、密偵などの仕事を引き受けるようになり忍となったという話がある。
だから彼らは一風変った戦闘をする。
妖術を使う者もあればその頭領である小太郎のように己の肉体の伸縮を自由に操る者もいる。
こういった技は伊賀や甲賀にはないもので、幾度か忍と刃を交えたことのある三成も風魔との戦闘はどう対処すればいいのか皆目わからなかった。
先ほどから鉄扇を振り回してるとは云え、明らかに三成の方が押されていた。
それに自慢ではないが三成は武を振るうよりも知を廻らせる方が得意だ。
前田慶次や真田幸村のような体力はない。
それなのに風魔との戦闘に入って既にかなりの時間が経っている。
正直、鉄扇を振り回す腕の動きもだいぶ鈍ってきていた。
(くっ、ここまでか・・・!)
己の命運もここで終わるかもしれないと思った瞬間自分が昨日ひどく不躾な態度をとってしまった青年のことを何故か思い出した。
(やはりあの時謝っておくべきだった・・・。)
 
 
城攻めのためにそれを正面から見据えるような形で構えられた陣内は明日の出陣を控え慌しかった。
三成はすでに3日ほどろくに睡眠もとらずに働き詰めていたが、最終の軍議の前に筆を忙しく動かしていた。
そこに真田幸村が現れたのだ。
三成はこの幸村という青年をあまり好ましく思っていなかった。
以前そのことを兼続に言ったときは全く正反対にの返答をされたけれども、幾分意固地なところがある三成はまだ自分の考えを改めてはいなかった。
と、云うより本当に彼を前にすると突然に自分がどのような態度をとり、どう接すればいいのかわからなくなるのだ。
今までに”わからない”ということがなかっただけに、そんな自分に戸惑い、結果その原因を幸村に求める。
原因が幸村であるのならばそれを避ければいいという結論に至り、三成はできるだけ幸村と直接話しをすることがないようにしていた。そのくせ己の目はいつも多数の人に埋もれる幸村を見つけ、後を追うのだからこれは三成にとってとことん説明のし難い事態だった。
「何か用か?」
幸村に目線を送ったのは一瞬だけのことで、三成はすぐに視線を手元の筆に戻す。
「いえ、用、と云うほどのことはないのですが・・・。」
そっけない三成の態度に幸村の言葉がやや濁ったのが顔を見ずとも感じ取れた。
それでも幸村が去る気配がないのでやはり何かを伝えに来たのだろうと三成は筆を動かす手に目線を落としたまま次の言葉を待つ。
「随分お顔の様子がすぐれませんが、あまり睡眠をとられてないのではありませんか?」
だが、待っていた言葉は三成の予想を遥かに裏切ったものであり、驚きに顔を上げると案の定幸村と目が合った。
まともに顔を合わせるのは本当に久し振りのことのような気がするが、それでもいつもの意志の強そうな二つの瞳にはどこか三成のことを気遣うような影が落とされているのが感じ取れた。
「お前は・・・、」
言葉を返そうにも何を云えばいいのかわからなくなる。
今まで自分が幸村にとっていた態度を思い起こせば、決して彼の三成を気遣う言葉や視線は理解できるものではない。
わざと幸村を遠ざけるような酷い言葉を言ったこともあることだって自覚している。
だからそんな彼が己を体調を気遣うなど三成には驚き以外の何でもなかった。
視線が重なったまま僅かな時が流れたが、漆黒の双眸に見つめられることに耐え切れず、三成が先に根を上げは再び視線を落とす。
「お前はわざわざそんなことを言いに来たのか?」
結局、続いた言葉はいつもの、幸村を拒絶するようなものであった。
(俺はこんなことを言いたいのか?)
自分の感情が掴めない。
だからこんな態度をとってしまうのだろうが、何故か今はそんな自分自身を酷く嫌悪したい気持ちであった。
「はい・・・。こんなこと私が申し上げるのも無礼だとは思うのですが、少し休まれては如何ですか?実は左近殿から石田殿は甘味がお好きと聞いて団子を持ってきました。甘味は脳にも良い刺激となると聞くので軍議の前に少し食されてみては・・・?」
三成の素気無い態度をとられても、この青年は律儀に三成の体調を気遣い、おずおずと団子が包まれた竹の葉を差し出す。
三成は目を瞬かせその包みをじっと眺める。
本来ならここで自分の非礼を詫びて、相手の好意を受け取るものなのだが、如何せん三成は筋金入りの意地っ張りだ。
今更自分の言動を改めたり、非を認めたりするのは年下の幸村が相手では到底許されなかった。
「いらん。」
「しかし、少しでも・・・。」
それでも尚も休息を促そうと幸村が差し出した団子の包みを開けようとしたとき、パシッと音を立てて三成はその手包みもろとも叩いてしまった。
「うっとおしいのだよ!俺は甘味は好かぬし、俺の脳みそはそんなものなくともしかと働くわ!疲れていると思うのならいらん邪魔はするな!今すぐここから失せろ!」
幕の外にまで響き渡るような大声でそう述べてから三成はハッと口を噤んだ。
土の上に転がった団子を拾い上げる幸村の様子を見て酷く後悔したが、時は既に遅かった。
「・・・過ぎたことを申しました。」
非礼を詫びる言葉を述べ去ってゆく幸村の後ろ姿を見て三成は唇を噛み締めた。
(違う、こんなことを言いたかったのではないのだっ・・・!)
非礼を詫びるのは自分の方であるはずなのに、それができない自分の矜持というものが酷く馬鹿らしく思えた。
 
 
(きっとこれはあの罰なのだな。)
もはや鉄扇を持つ腕は感覚を失っていた。
あの後、自分のとった行動を思い起こしてこれ以上にないほどに後悔したのだが、すぐに軍議に出陣と重なり幸村と会う機会を完全に失っていた。
会ったところで果たして自分がちゃんと謝罪の言葉を言えたかどうかは怪しいところだが、自分の命運が尽きようとしてる今、どうしても幸村のことが頭から離れなかった。
(俺が死ねば奴ももうこんな嫌な思いをすることもなくなるだろう・・・。)
一人の風魔の投げたクナイが己の方に飛んで来たがもはやそれを避ける気力がなかった。
三成が死を覚悟して目を閉じた瞬間、ガンッと金属と金属がぶつかり合う音がした。
その音に目を開けると視界いっぱいに紅い体躯があった。
「・・・真田・・・幸村・・・?」
「石田殿!!無事でございますか!?」
三成は半ば呆然と紅い鎧に身を包んだその青年、自分が今回顧していたばかりの人物を見守った。
幸村は手にした十文字槍を振り回し、どんどんと目の前の風魔たちを薙ぎ倒していく。
その姿はまさに戦場の修羅。
普段の穏やかな彼からは到底想像できぬ姿がここにある。
「な、何故来た!?既に撤退命令は出したはずだ!真田っ!お前の部隊はどうなっている!?」
「私の部隊は既に撤退が完了しております。ここに来たのは私だけです。」
三成は幸村の言葉に耳を疑う。
まさか、それは・・・
「撤退を終えた兵たちの中に貴方の兵を見受けたのですが、貴方が見当たりませんでした。なのできっとまだ城内にいらっしゃるのだろうと・・・。」
「助太刀に来たと云うのか!?」
三成は半ば半狂乱でそう尋ねた。
幸村は腕を休めることなく次々に風魔を蹴散らしてゆく。
三成の言葉は耳に届いているはずだが、返事はない。
返事がないということはつまりそういうことなのだろう。
「お前はバカかっ!何故俺の援軍などに来た!?俺が何のために撤退を命じたと思っているのだ!?」
この戦の総大将は確かに石田三成だ。
だが、三成も含め、以下の武将も兵士も皆その上にいる豊臣秀吉の配下になる。
ということはこの戦が失敗とわかった時点で三成もただの一武将になり、寧ろ一人でも多くの有能な武将が無事に帰還することが第一条件となる。
だからこそ三成は自己を呈して味方軍の撤退に挑んだのだ。
ここで知略しか振舞えない自分より、きたる戦に備えて秀吉の周りには腕の立つ者が一人でも多く必要だと思ったからだ。
「・・・何故俺なんぞのためにっ!?引けっ!ここままではお前まで・・・っ!!」
自分が死ねば喜ぶ人間がいくらでもいるだろうことを三成は重々承知している。
そこにきっとこの真田幸村も含まれているだろうと思っていた。
(あんな酷いことを云ったのだ、当然だ。)
そう思っていたのに、彼は一人三成のために駆けつけてきた。
幸村は果敢にも次々と風魔の忍びを倒してゆくが、相手の数が度を越えて多い。
いくら幸村と云えどいつその刃に傷つくかわからない。
ましてや人を庇いながらの戦闘など容易ではない。
「真田!聞こえないのかっ!?引けと言っている!」
喉がからからでなんとか声帯を震わせ、ありったけの力で叫ぶ。
もはやそれは懇願に近かった。
(引いてくれ!俺はお前に助けもらう資格などないっ・・・!!)
「引きませんっ!」
そこでようやく口を開いた幸村と目が合った。
炎を内に秘めたような鋭い瞳だった。
(こんな綺麗な瞳をしているのか。)
一瞬三成はここが戦場であることを忘れ、その瞳に魅入ってしまった。
「何故・・・だ?俺はお前に・・・。」
こんなに迫力のある瞳で睨まれたのは初めてだった。
三成は狼狽を隠しきれず、視線を宙に泳がす。
(何だ?この感情は・・・?)
「私は貴方との友情に生きると決めたのです!利で動くのではない、義の世を作ろうと云ったのは貴方ではありませんか?だから私はここに来ました。・・・義に、貴方と、兼続殿との友情を貫くためです。だからいくら貴方に拒まれようと、私はここを引きません!」
信念のこもったその瞳がしっかりと三成を捉えて放さない。
きっとそれは時にしてみれば一瞬のことであったのであろうが、随分長く感じられた。
(あぁ、そうか、)
真田幸村の常ならぬ強引な態度に圧倒されながらも、その瞬間三成は全てを悟ったような、目の前の霧が晴れるような気がした。
(この真田幸村と云う男は・・・)
自分を今まで苛立たせていた感情や幸村という青年が手に取るようにわかったような気がした。
(己の信念を決して曲げぬのだ。これこそ真の武士。)
「すまぬ。」
「?」
全てを悟った瞬間、呟くようにその言葉は自然と口をついて出てきた。
今まで張っていた意地がひどく愚かなことのように思えた。
謝られた本人は何のことかわからぬようで小首を傾げるだけであったが、それを三成はフンッと鼻で笑い再び鉄扇を握る手に力を込める。
(そして俺は・・・)
「ここを突破するぞ!」
「はい!」
三成のその言葉に満足したかのように幸村が気丈に頷く。
風魔の忍びは休むことなく攻撃を繰り返してくるが、今は幸村が傍にいる。
それだけでまだ戦える気がした。
もてあましてた感情が今は寧ろ三成に力を与えてくれる。
まだ、大丈夫。
彼が傍にいる限り。
 
 
 
 
	

恋の自覚のお話です。
三成は幸村が三成を好きになるずっと前から幸村を好きだと良い。
そしてツンデレの三成は最初幸村に冷たいと良い。

[2009年 11月 15日]