「旦那を放してくれないか。」 三成にはその言葉の意味がすぐには理解できなかった。 理解できるのは目の前にいるのが確か昔小田原攻めのときに戦場で見かけたことのある真田の忍びだということ。 どうやら対峙した相手は己のことを(忍びであるなら当然かもしれないが、)よく知っているということ。 「どういう意味だ。」 大阪城は今何かとごたついている。五奉行の三成はこういう時息つく暇など全くないというほど忙しく城内を走り回らなければならない。 今日とて朝から飯もほとんどろくにとらずに働き詰め、辺りが暗くなり天に美しい月が登ったところでやっと帰途につけると安堵の息を零したところで深緑色の衣に身を包んだ忍びに出くわしたのだ。 その忍びは名を佐助と名乗り、やけに軽々しい口調で三成に話しかけてきた。 真田の忍びを無視するわけにもゆかずとりあえず適当に相槌をうつなりして相手の出方を見ていた三成だが、元々見知らぬ者と世間話をするのは好きではない上に今日などは一刻も早く屋敷に戻りたいと体が軋んでいたので決してお世辞にも愛想がいいとは言えないような受け答えしかしなかった。 それでも相手は気分を害するふうでもなく足早に歩みを進める三成の後をどんどん付いて来た。 そしていい加減振り切ろうとしたところでその言葉を言われたのだ。 「そのままの意味だけど?」 「放すとは俺が幸村を縛っているような物言いだな。」 ふんと鼻で笑って見せたが実際まともに笑えていたか自身がなかった。 まるでそんなことない、と言い切れないことを自覚していたからだ。 そしてそのことを一介の忍びに見透かされていることが三成を苛立たせた。 「だってそうでしょ?”義”とか”大一大万大吉”とかなんとか言って旦那を縛ってる。」 「義は幸村自身の志ではないか。」 「そうじゃないことくらいあんたもいい加減わかってるんじゃないの?」 軽い口調とは裏腹に佐助の鋭い眼差しが三成を捉えた。 そうだ。 そんなことはわかっている。 「旦那のは忠義だよ。それも幸か不幸かあんたに対する忠義だ。」 幸村と知り合い、友情を語るようになってもう随分になる。 だから三成も佐助の言っていることは理解できた。 幸村は義やら友情だという兼続や三成の同志だと装いながら、おそらく本人も気づかぬうちに三成に対する忠義で行動していた。 真田幸村という男は戦場で修羅の如き槍働きをする。 それはひとえに強固な武士としての信念が彼にそうさせているのであるが、その信念そのものを誰かに委ねてしまうのが真田幸村だと三成も感じていた。 「それで、何が言いたい?」 「秀吉様が亡くなった今天下は再び乱れる。」 風もなくやけに静かなのに月だけは怪しく佐助を照らした。 「あんたは徳川家康との泥仕合に旦那を巻き込むつもりか?」 「泥仕合とは聞き捨てならんな。」 仮にも一介の武士同士の闘争を泥呼ばわりするとはいよいよ三成も不機嫌を露わに眉根を吊り上げる。 「家康とあんたの争いなんて汚い権力争いにしかならないだろ。もう各国の武士が乱立して天下を目指す時代は終わった。武勲を争う時代は終わった。」 「俺はまだ家康と天下をかけて戦だってするつもりだぞ。」 「だからそれがもう時代遅れだって言ってんだ。武士の時代は終わったんだよ。」 三成はいささかながらこの佐助の言葉に驚いた。 仮にも武家に使える忍びが己の主君を否定するようなことを言ったのだ。 「俺は忍びだ。武士の魂なんてもんは理解しない。時代が変ればそれに従順になる。だけどそんとき旦那をそこに取り残したままにするわけにはいかないんだ。旦那も一緒に時代の流れに従ってもらう、それが旦那の部下としての俺の仕事だ。」 ”忍びとしての仕事”だとい言わずに”俺の仕事”だと形容したのはひどく佐助個人の感情があるからではないだろうか、と三成は推測した。 ただそれを指摘するのは憚られた。 何故なら自分もまたひどく個人的な感情で自分と家康との権力争いに幸村を巻き込もうとしているから。 幸村の忠義に気づきながら”義”や”友”という言葉で彼を傍に留め置いているから。 「さっきも言ったように旦那はあんたに全てを委ねている。だけどあんた”義”とか”友”とかいう言葉で同志を装い、旦那の忠義を無視し続けている。なぁ、あんた一体何がしたいんだ?」 (一体何がしたい?・・・そんなことっ。) 三成とて幸村の忠義が自分に向けられているのを嬉く思っている。 だがそれに応えるのを三成は恐れていた。 だからと言って彼の心が離反するのも恐れていないわけではない。 現に”義”や”友”という言葉で縛っている、という佐助の言葉は事実だった。 ではそれは何故か、と問われれば答えは己の中に確かにある。 忠義という志でこれ以上幸村との距離が縮まれば己の中にある全く別の感情が彼の前で露わになることを三成は恐れているからだ。 彼の信念に満ちた目がまっすぐ己を射抜くたびに三成は内に潜で粟立つ恋情という感情があることを知っていた。 「俺は・・・。」 何か言おうと口を開くがその次の言葉が出てこない。 (まさか真田幸村が好きだ、とも言えまい。) 三成は鋭い佐助の目から視線を逸らすことしかできなかった。 「旦那は長篠の戦で一度生きる意味を失っている。そして今はそれを全てあんたに預けようとしている。それなのにあんたは中途半端な答えしか出してやれてない。それならいっそ旦那を放してくれ。」 (あぁ、でもこやつには全て見透かされているのかもな。) だからこそ幸村を放せ、という。 幸村の真っ直ぐな思いに己のよこしまな感情など相応しくない、と。 「旦那はゆくゆくは上田城主にもなれるんだ、そしたら武士の時代が終わっても生きる道だってたくさんある。」 不意に三成をとてつもない悲しさが襲った。 (・・・終わらせなければならないのか?) そっとその感情を胸に秘めることすら許されないというのか。 今佐助はどんな表情をしているのだろうかと気になって伏せていた目を上げれば佐助の姿はもはやどこにも無かった。 ただ月がやけに明るく三成を照らし、三成は目を細めた。続
オカン佐助登場です。
BASARAから借用申し訳ないとは思うんですが、このキャラ凄く好きなのでつい。←
次は幸×三にちゃんとなりますので、暫しお待ちを!
[2010年 12月 17日]