あれから三成は佐助の言われたことを心の中で反芻しなが覚束ぬ足取りでなんとか屋敷まで戻っった。 そして飯もろくに口にすることないまま肉体的にも精神的にも疲労しきった体を休めるため早々に寝所に横渡った。 が、佐助の言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡り、幸村のことばかり考えてしまった。 そうして結局三成は翌日ろくに食事も睡眠もとれていない状態のまま出仕することになり今に至る。 「おはようございます、殿」 いつものように重臣島左近が主人の出仕時刻に馬を引いてやって来ていた。 左近は三成の姿を見つけ深々と頭を下げて挨拶したのだったが、顔を上げるなり主人の青白い顔にぎょっと目を見開いた。 「ちょっと、殿!何ですかね、その顔は?」 「何だとは何だ?」 三成はもともと朝が弱い。 だが今日はいつもにもまして不機嫌丸出しの顔で素気無く左近を睨みつける。 左近はそれに一瞬ひっと言葉を詰まらせるがこほんと咳払いをすると気を取り直して続ける。 「何かあったんですか?」 「・・・別に・・・何もない。」 明らかに何かあったといわんばかりの間を残して三成は答える。 「顔色が随分悪いようですが、ちゃんと食って寝ましたか?」 「・・・。」 答えないのは否と同等だ。 何があったか知らないがこの殿のことだ、左近にはだいたい予想がついた。 (きっとまた何かどうにもならないようなことを考え込んでいたんだろう。) 「殿、今日の出仕はおやめになれば如何です?」 返事はだいたい予想できているがこんな状態の主人を黙って仕事にいかせるわけにはいかない。 左近は事情云々よりもまず三成の体調を気遣った。 「馬鹿を申すな、俺がいなくて仕事が立ち回るわけがなかろう!」 「しかしその顔で出仕したって周りの人間を心配させるだけですよ。」 予想通りの返答に左近は内心ため息をつきながらそれでも主人の出仕を思い留まらせようと饒舌な舌を回す。 「ふっ、馬鹿言え。大坂城には俺を疎んじるやつがいても、心配をするやつがいると思うのか。」 しかし主人の三成は左近に劣らぬ饒舌さに加え、頑固だった。 こうなると結果がどうなるであれ三成の言うとおりにするしかない。 左近は内心もう一度大きなため息をついて既に心もとない足取りで歩み始めている主人の後を見送った。 左近には大口をたたいてみたもののやはり三成の体調は芳しくなかった。 それに加えやはり昨日から考えていることが頭から離れず職務もはかどらない。 こんなことなら左近の言うとおりに今日は一日屋敷で大人しくしているべきだったと思う反面、一度意地を張ってしまうとなかなか己の主張を覆せないのが三成の性分であった。 だから半分意地だけで三成は職務を進めた。 (今更屋敷に戻るなどと言えまい・・・。) ひどく効率の悪い作業になってしまうが、形だけでも何か仕上げてからではないとここを動けないような気がして三成は左近が見れば小言の一つや二つ言うであろう眉間に皺を寄せた表情のまま筆を取り続けた。 そしてきりきりと痛む胃の腑を押さえてなんとか提出する書類を書き上げたとき、日は既に傾きかけていた。 (情けないが今日はもう帰ろう・・・。) 体調を崩すなど自己管理ができていない証拠であり、三成にとっては恥じるべきことであったがそれでも辛いものは辛い。 三成が出来上がった書類を脇に抱え、ゆっくりと立ち上がるとくらりと目が眩んだ。 (無様だな。) それでもこれを然るべき所に提出すれば今日はもう終わりだ。 そう思って渡り廊下の門を曲がったところで盛大に誰かにぶつかった。 「「うゎっ!」」 そしてここで人にぶつかったのが悪かった。 ただでさえ眩む頭が、衝突によりさらに大きく揺らされたのだ。 「み、三成殿っ!?」 朦朧とする意識の中で三成の中で大きな部分を占めている愛おしい人の声を聞いたような気がするが、大きく視界が揺れたのを最後に三成は意識を失った。 次に目が覚めたとき三成は大坂の石田屋敷の己の部屋に居た。 既に辺りは真っ暗で自分が意識を失ってから一刻は経っているだろうと予想できた。 (誰が俺をここに・・・?) 左近は今日一日屋敷の方で仕事が残っていると行って、大阪城には来ていなかった。 とすると大阪城で倒れた三成をわざわざ屋敷まで運んでくれるほど気心が知れた人物が今の大坂城にはあまりいるとは思えなかった。 では左近がわざわざ迎えに来てくれたのだろうか。 そんなことに思いを廻らしていると不意にがらり、と僅かに遠慮がちに襖が開いた。 「三成殿、お目覚めだったのですね?」 その穏やかそうな口調は顔を見ずとも誰だかすぐに判別できたが、一応そちらに三成は顔を傾けた。 部屋の脇にいる人物が手にした灯が暗闇の中でその輪郭をくっきりと浮かびあがらせていた。 すっと通った鼻筋に凛とやや釣り上がった眉、強い意志を感じる黒めがちの目、やや角ばった骨格からは前田慶次のように大男を連想させるが、戦国武将にしては細身で、しかしそれでもしっかりと引き締まった体つきは着物の上からでも充分に見て取れる。 こんな人物を三成は一人しか知らない。 「幸村か・・・、もしやお前がここまで俺を運んでくれたのか?」 どくんと三成の心の臓が鳴った。 真田幸村。 三成の心を捉えて放さない、まさにその人物であった。 「はい、今日は兵の訓練が早く終り久方ぶりに三成殿のところを訪ねようと思った矢先三成殿と角でぶつかってしまい、そのまま三成殿は意識を失われましたので驚きました。」 「すまぬ、いらぬ苦労をかけた。」 「いえ、そんな苦労などと・・・。それよりも寧ろ三成殿の方がご無理をされているのではないでしょうか。左近殿から具合が悪いのだとお話伺いました。」 左近め、いらぬ話をと三成は内心悪態をついた。 幸村はよく気がつく上に、人一倍心配もする。 だが今は豊臣と徳川で天下が別れる重要なときだ。 三成は幸村に余計な心配はかけたくなかったし、さらに昨日の佐助の言葉が三成から幸村を遠ざけていた。 (やはり俺は幸村を放す必要があるのかもしれぬ。) 頭の中で佐助の言葉を反芻する。 ”旦那のは忠義だよ。それも幸か不幸かあんたに対する忠義だ。” 幸村は三成に対する忠義に生きている。 だから三成のことは格別に気を掛けるし、心配もする。 そのために己のすべてを投げ出す覚悟だって幸村にはあるだろう。 だが三成はその忠義に応えてやることができない。 何故なら幸村に友情を超えた感情を持ってしまっているから。 こうして幸村が三成に近づく度に三成は己の中にある恋情を隠せずにいられなくなっているというのに、忠義という固い絆でお互いを結んでしまうのは恐ろしかった。 (幸村は武士としてまっすぐな生き方をしようとしているだけなのに。) その幸村の気持ちを己の色のある感情で汚したくなかった。 中途半端に友情という言葉でこのまま繋ぎとめておくときっと佐助の言うとおり豊臣と徳川の争いに巻き込むことになる。 幸村は己に味方してくれるだろうが、その忠義故にそのまま己のために命を落としかねない。 それは三成にとってあまりにも耐えがたかった。 自分は幸村に忠義を通すことも許さぬままこんな個人的な感情で傍に彼を留め続けている上にその命まで三成に許して欲しくなかった。 「・・・幸村、少し話がある。」 幸村は止めたが三成は構わず起き上がると庭先に出た。 昨日と打って変わって今日は月がやや雲に隠れ、辺りもそのせいで薄暗い。 鼻を湿った空気が掠めたのでもしかしたら雨が降るのかもしれない。 「それで三成殿、話とは?」 三成のやや後ろから幸村が尋ねてきた。 三成は敢えて振り向くことはせず、雲が立ち込める夜空を見上げながらぽつりぽつりと話始めた。 「お前が郷里を離れ大坂に来てどれくらいになる?」 「三年ほどになります。」 「そうだったな。秀吉様がお前のことを甚く気に入ってわざわざ越後の上杉から呼びつけだったのだな。」 三成は幸村に話ながら幸村の半生を振り返っていた。 若くして主家を失い、人質として仇敵上杉に送られたかと思えば今度は大坂と転々と動かされていた彼の半生を。 それでも武士としての誇りを忘れず、類まれなる槍の才で戦場を駆け抜けていた幸村の姿に三成は惹かれた。 「お前には感謝している。」 きっと幸村の槍なくして豊臣家の太平の世は訪れなかった。 「そんな、私はやるべきことをしたまでです。」 しかしそれは秀吉がいてこそのこと。 秀吉がいてこそ幸村は豊臣家のため槍を振るう理由があったが、秀吉の亡き今真田家は、幸村はもう自由のはずだ。 三成が友情という言葉だけで幸村を大坂に留め置く資格などないのだ。 「だが秀吉様の亡くなった今、お前がここにいる理由はない。お前は上田に帰れ。」 このとき初めて三成は幸村を振り返った。 振り返った先の幸村は最初は酷く驚いた顔をして、次に酷く傷ついた表情をした。 三成の胸もまた幸村の表情に刃で切りつけられたように痛んだ。 「そんなっ!秀吉様が亡くなった後だからこそ、今世は豊臣と徳川で分断されようとしているのです。そして私は再び天下が乱れたときまた槍を振う覚悟です!」 「俺には左近の刀と兼続の策があれば充分だ。」 「しかし私は貴方と兼続殿と友情を誓いました!その友情のために戦場に立ちます!」 幸村がそこまで言い切ったとき、ごろごろと不吉な音とともに空から冷たい水滴が落ちてきた。 ぽつ、ぽつ、と間隔をきっていた雨はすぐにざーざーと絶え間なく降り始め、二人はあっという間にびしょ濡れになったが、どちらも微動だにしなかった。 「・・・友情などと。」 先に口火を切ったのは三成だった。 「友情などとお前は言うが、お前は槍を振るう理由が欲しいだけであろう。」 三成の酷く冴え渡る低い声が雨音を打ち消すかのように響いた。 幸村が俯けていた顔をはっと上げる。 「武士として生きる意味を俺達に、いや俺に預けたいだけであろう。」 「・・・そんな私は・・・!!」 「俺にはそれを受け止めてやることはできぬ。」 言ったとたんひどく胸が苦しくなった。 (違う・・・本当は。) 「お前などいらぬ。」 その言葉に何か言いかけた幸村の口が塞がった。 雨が降っていて良かったと思う。 きっと最後のほうは声が震えていたが、雨の音で打ち消されてそこまでは気取られていないはずだ。 それに目の奥がじんじんと熱いのはきっと込み上げてくるものをぐっと押さえ込んでいるからだ。 (違う、違う・・・!!こんなことを。) 「・・・わかりました。」 酷く傷ついた表情の幸村が三成の視界に写った。 (違うっ!!こんなことを言いたかったわけではない!) 本当はお前が必要だ、お前を受け止めてやりたい。 そう言いたいのに、三成の感情がそれを躊躇させる。 (だって俺は幸村を好いている!) 「・・・三成殿がそう言うのであれば私はここを去りましょう。」 きっと今の三成は幸村に負けないくらい悲壮な顔をしているだろう。 だが幸村はそんな三成に気づくこともなく、背を向けて歩き出す。 (行ってしまう・・・!) ここで別れれば最後もう会うことはないだろう。 佐助が言うように武士の時代が終わっても彼には生きる道がある。 このまま幸村の主人になってやれない三成の傍で中途半端な武士のまま命を落とすよりはずっといいはずだ。 (だが、俺は・・・?俺には・・・) 失うのだ、と思った瞬間今までずっと奥底に秘めていたその感情が溢れ出てきた。 幸村を好きだという感情が。 (俺には幸村が必要だ!) 「・・・幸村っ!!」 気づけば走り出していた。 もう利己的だと言われようがどうでも良かった。 手放した瞬間気づいたのだ。 (幸村を失うなど俺には耐えられないっ!) 「っ!!」 その逞しい胸に三成は己の細い腕を回していた。 いつもは数歩後ろから眺めるだけのその大きな背中に顔うずくめていた。 「・・・み、つなり・・・殿?」 驚愕のあまり言葉を失った幸村がかろうじでその名前を呼ぶ。 「いくなっ・・・!!幸村!いくなっ・・・!!」 雨を吸い込んだ衣はひんやりと冷たいのに頬に感じる幸村の体温は温かかった。 「好きだっ、俺はお前が好きだっ・・・!!」 伝えたいことはいっぱいあるはずだが、馬鹿みたいにこの二つしか出てこなかった。 それでも一度関を切って溢れた感情は留まることを知らず、ただただ三成を埋め尽くすばかり。 目からはぽろぽろと涙を流すばかり。 今幸村はどんな表情をしているだろう。 自分のこの言葉にどう答えてくれるかなんて考えるよりも三成は自分の思いを伝えるので精一杯だった。 幸村の胸に回す腕にさらに力を込めたとき、不意に腕を取り三成に向き直った幸村と目が合った。 右腕を幸村に捕まれたまま、三成の目を覗き込む幸村の目はいつになく鋭く熱を帯びていた。 その瞳に一瞬どくんと心の臓が高鳴ったかと思えば次の瞬間三成の右腕をやや乱暴に引き寄せると幸村の顔が間近に迫っていた。 「・・・幸村・・・っえ?」 幸村の整った唇が己の唇に重なり、口を少し開いたところで更に深く幸村が舌を侵入させ啄ばんできた。 「んっ・・・ふっ・・・」 窒息するのではないかというほど口腔内を荒らされる。 こんな幸村は初めてだった。 まだ頭が現状に付いてきていない状態で三成は幸村の為すがままになっていた。 「ふっ・・・はぁっ。」 そろそろ本当に意識が遠くなってきたところでやっと銀の糸を引きながら唇が解放された。 「幸村・・・?」 まだ一言も発していない幸村の名を恐る恐る三成が呼ぶ。 するとその瞬間今度は三成の骨が折れるのではないかというほど幸村に抱きしめられた。 「私も、お慕いしております。三成殿っ・・・!」終
幸村と三成がお互い好きで好きで、けどその気持ちを隠し続けて、結果ドッカーン\(^0^)/ってなる話を書いてって友人に言われて書きました。
中途半端でごめんね!
もう無理ですたい^p^
[2011年 01月 12日]