「三成殿、こんなところにおられたのですか?」
喧騒が遠くで聞こえる。
花見の席からは離れ、一本だけぽつんと佇む桜の大木に寄りかかるようにして三成が居た。
「お前こそ何故ここに?」
「私は少し酔ったので散歩がてらに涼もうと。」
本当は三成の姿が見えなかったので探しにきたのだが、敢えてそのことを隠して三成の方に歩み寄る。
肩を並べるようにして大木に寄りかかって幸村はちらりと三成の様子を伺う。
嫌がられるだろうか、と不安に思ったが三成は特に気にした様子もないので安心する。
「俺はああいった席が苦手でな。」
ぽつり、と呟くように三成が言葉を零した。
「私もです。」
お前が?と意外そうな顔で見つめられて幸村は苦笑いを浮かべる。
「親しい者と酒を嗜むのは好きなのですが、秀吉様の催すもののように大勢で騒ぎ立てるものは少し苦手です。」
その言葉に納得したように三成は視線を戻す。
派手好きの秀吉が催す宴会は規模も大きければ、騒がしさも並みではない。
今日とて満開の桜を嗜もうとわざわざ吉野まで来て宴を開いたわけだが、いざ宴会が始まると皆桜などそっちのけで呑んで騒いでの大賑わいである。
加藤清正や福島正則ほど人好きのする性格でもなければ前田慶次のように豪快な性格でもない幸村はああいった雰囲気には馴染めなかった。
「お前は酒も強い。今頃は慶次や兼続と呑み比べでもしているところかと思ったぞ。」
からかうような三成の口調に、彼もまた少し酒が回っているのだろうことが読み取れた。
「誘われたのですが、断りました。」
「何故だ?お前ならあの前田慶次にも負けないのではないか?」
ぐっと肩を近づけられ三成に顔を覗き込まれた。
やはり酔っているのか普段ではない至近距離に三成の顔が近づき、幸村は心の臓がどくんとせり上がるのを感じた。
「いいえ、流石に慶次殿には敵いませんよ!」
自分の頬が上気するのを感じて、咄嗟に顔を背けて天を仰ぎ見る。
「それに、」
「それに、何だ?」
雲ひとつ無い空に下界の喧騒とは関わらず桜の隙間から覗く光る丸い月が綺麗だった。
「それに、今宵はこんなに月が綺麗です。こんな夜は静かに空を眺めていたい。」
貴方の隣で。
そう心の中で付け足して幸村は押し黙る。
三成も幸村に言われたように空を見上げ、その月の美しさに声を失っているようだった。
遠くで聞こえる宴の声もこの幸村と三成の二人だけの静けさも、そこで美しく咲き誇る桜も夜空の月も、何もかもが平穏だと思った。
戦に戦を重ね、秀吉の下に統一された天下。
その下で見る景色はこうも平和なのだろうか、と幸村は一人思う。
しかし泰平だ、と感心する心の奥が何故だが休まらない。
まだ体躯の奥がざわついているのだ。
「俺はな、幸村。」
不意に三成が口を開いた。
視線を三成に向けると三成はまだ夜空を眺めていた。
月陰に照らされて三成の形のいい輪郭がくっきりと浮かび上がる。
「不安なのだ。」
「不安、ですか?」
そう幸村が聞き返すと三成と視線が絡まった。
「ああ。この泰平がいつまで続くかわからないのが不安なのだ。」
普段は誰に向けられているのか、どこを見ているのかわからない三成の瞳がまっすぐに幸村を捉えている。
そのことに幸村は喜びを感じつつ己もまた三成の真摯な瞳を覗きみる。
「秀吉様は数で、あの方の力で世を平定なされた。」
「貴方はそれが続かぬと?」
「ああ。今の世は秀吉様一人の力で治まっているだけのこと。あの方がこの世を去られたらどうなる?」
三成の、その髪の同じ色素の瞳が揺らぐ。
幸村が感じている胸の疼きをあるいは三成も感じ取っているのか。
「また戦乱の世が始まる、と貴方は仰りたいのですね?」
幸村の質問に三成の視線が落ちる。
三成は身体を支えるように地に付いた己の手をぎゅっと握り締める。
「俺は怖いのだ・・・!あの方が作り上げた、皆が笑って暮らせる世が脆く崩れ去っていくようで・・・、あと幾度平穏にこの桜を見れるだろうか、お前と静かに夜空を眺めることができるだろうか、そんなことを考えてしまう」
「三成殿・・・」
俯いたままの肩にそっと手を掛けるとびくりと三成は震えた。
細い肩だ。
この細い肩で彼は既に先にある不安を一人抱え込もうとしている。
幸村の胸のうちで巣食う不安を彼はもうずっと前からわかっていたのだ。
「もしこの泰平の世が再び乱れると云うのなら今度は貴方が作ってください」
地面で握り締められた三成の白い手が僅かに震えている。
長い海老茶色の髪で表情は見えないがきっと迷っているのだ。
「俺には無理だ。正則や清正のような武もなければ秀吉様のように人望も戦の才もない」
俯いたままの三成が幸村には力なく項垂れているように見えた。
酒のせいもあるだろうが、きっとこれが三成の本音なのだろう。
普段は決して人に弱音など吐かない三成だからこうした姿は心を許したものにしか見せないことを幸村は知っていた。
だからこそ三成にとって年下で武にしか能がない幸村は兼続や清正に比べれば到底信頼に値する人間ではないと自分を評価していただけに、こうして三成の真意を聞かせられるのは幸村にとって身が打ち震えるほど嬉しかった。
いつも視線で追いかけてばかりの三成に認めてもらえたような気がして、三成の肩に掛けられた幸村の手に力がこもる。
「いいえ、貴方について行くものはたくさんおります。貴方は気づいておらぬだけで、皆の心を惹き付ける力をお持ちです」
その言葉に三成が顔を上げる。
普段の眉間に皺を寄せるようような厳しい顔からは想像できない、まるで人混みで母を捜す幼子のような表情だった。
縋るように見つめられて幸村の中にどうしようもない愛おしさが込み上げてくる。
この人を支えたい、守りたい、と。
「貴方に戦の才がなくとも、貴方のもとには左近殿が居ります。貴方に人望がないと云われるのなら兼続殿がおります。貴方に武がないと仰るのであればこの幸村がおります。知っていますか?これらの者は皆貴方に魅せられて付いてきているのですよ。」
「幸村・・・」
揺れる瞳で己の名を呼ぶ三成に幸村はふっと笑い掛ける。
「それに何より貴方は民の心を掴んでおられる。これほど強い味方はいない」
幸村に釣られて三成も幾分表情を和らげる。
月陰がそんな三成の白い肌や端整な顔立ちを照らし出して酷く美しいと幸村は内心感嘆する。
「来年も、その次の年も、こうして桜が見れるだろうか?お前と月を眺められるだろうか?」
「貴方が望むのなら」
零れるように紡がれる三成の問いに幸村は一度だけ大きく頷く。
すると三成はふいに立ち上がり、幸村に背を向ける形で夜空を見上げた。
幸村もそれに釣られ立ち上がると丸く輝く月に目を向ける。
いつの間にか宴の声が已み、まるでこの世に二人だけしかいないように静寂が広がっていた。
それはまさに平穏だった。
何もない、闇に月が照り、桜の花弁が散るだけの場所。
だけどこんなにも愛おしいと思う。
「幸村、約束してくれ、また来年もここで桜を見るのだと」
「はい、三成殿。来年も再来年も、ここで桜を見ましょう。」
束の間の泰平かも知れぬ。
しかしいつかそれが崩れるというのなら、そのときは自分達の手で作り直せばいいのだ。







久々の戦国、幸三!そして今更桜、宴会!
それよりもこれを書いているときに酒ネタ何番煎じかわからない且つどうしようもない801小話を思いついたのですが、機会があればどこかにこっそりあっぷします。

[2011年 6月 23日]