Goodbye My Wings04

バカだ。
自分から突き放しといて、こんなにも苦しいなんて。


ホテルを出たところでシエルはすぎにタクシーに飛び乗りアルトのいる病院に急いだ。
自分で走るよりは数十倍早いはずなのにタクシーの中でじっとしていることが苦痛で、信号で止まる度にいっそ飛び出してこのまま病院まで走ろうか、と思ったほどであった。
それでもシエルはなんとかタクシーになり続けてシティから15分ほどで目的の場所に着いた。
「どけっ!」
運転手にはシティーからのメーターには充分すぎるほどの額の札を押し付け、シエルは目の前に立ちはだかる人を押しのけアルトのいる病室に駆け込んだ。


扉を開けるとやけに静まり返った大部屋の中で規則的な機械音だけが鳴り響いていてシエルはその不吉さに胸がすく思いがした。
一番奥の窓際のベット、そこからこの機械音は聞こえていた。
(・・・あそこにっ!)
そう確信して駆け寄るとそこにアルトが瞳を閉じた状態で横たわっていた。
「・・・どういうことだよっ!?起きろよっ!?俺はこんなの許さねぇぞっ!!」
グレイスから電話を貰ったときもそうだったが、実際目の前にその状況を突きつけられてもシエルにはそれが理解できなかった。
頭の中がかっと熱くなって、眩暈がして、アルトにしがみ付いて何か叫んでいた。
「・・・よく響く声だな・・・。」
が、不意に頭の方で聞きなれた声がしてシエルは咄嗟に飛び上がるようにしてアルトから離れた。
「えっ!?おまっ・・・!?」
「こんなんじゃゆっくり寝てもいられない。」
「なんでおまえ生きてんの・・・!?俺、グレイスからおまえが戦闘で負傷して重体だって聞いて・・・っ!!」
グレイスの知らせに完全に判断能力を失っていたシエルはベットに眠るアルトを見て彼が死んだものと思っていた。
だから頭上で死んだはずのアルトの声がしたときは相当焦ったし、今も平生と変らぬ調子で話すアルトにシエルは言葉を失っていた。
「重体?重傷の間違いだろ?骨折とか外傷は激しいけどこれを付けてれば2,3日で治るってさ。」
そう言いながら左腕のギブスをシエルに見せるアルトは普通そのもので、グレイスの言う生死を彷徨う重体の欠片も感じられなかった。
(・・・グレイスのやつっ!!謀ったな!)
有能なグレイスがシエルに誤情報を流すはずがない。
きっと全てわかっていてわざとシエルにそう言ったのだ。
「なんだよっ、それなら俺の慌て損かよ!?」
想像していたことが起こっていなくて本当によかった、と思う。
それでもなんだか無償に腹が立って素直に喜べずシエルがそう叫ぶと意外な顔をしたアルトと目が合った。
「・・・おまえ慌ててたのか?」
きっとアルトはあんな喧嘩別れした後のシエルが自分を心配しているなんて思ってもいなかったのだろう。
まじまじと聞き返すアルトにシエルはぐっと言葉を詰まらせる。
実際は心配どころか、片時もアルトのことを忘れることなどできなかったのだ。
しかしもちろんシエルはそんなことを言える素直さなど兼ね備えておらず手元にあった自分の携帯をアルトに投げつけることくらいしかできなかった。
「五月蝿いっ!アルトのくせに生意気だっ!」




アルトの無事が確認できて一先ず張り詰めていたものが完全に解けたシエルは自分が慌てて飛び出してきたため、ろくに身なりも整えていないことに気づいて一旦自宅に戻り、再度見舞いの品とともにアルトの元を訪れた。
「いいのか?こんなところでサボッてて。」
昼下がりの病室は静かで、時折窓から吹く風が肌に心地よかった。
シエルは手馴れぬ手つきで見舞いのりんごと格闘していた。
「黙れ。こんなサービス滅多にしてやらないんだからなっ。」
どうしてこうもりんごの皮はつるつる滑るのか、そんな不毛な怒りをりんごにぶつけているとそれがりんごの復讐であるかのようにシエルの手にあったナイフが皮をすべり指を突き刺した。
「・・・っ!」
シエルの小さな悲鳴に気づいたアルトがシエルの手元を見るとそこには見るも無残なりんごの残骸が転がっていた。
「ふっ、貸してみろ。」
その様子に少し笑ってアルトはシエルからりんごとナイフを受け取った。
アルトの手に掛かったりんごは先ほどまでシエルに抵抗していたことが嘘のようにさくさくと切り分けられていく。
「へぇ〜、いい嫁さんになるな。」
嫌味でもなんでもなく素直に感心してシエルがそう洩らす。
「掃除、洗濯、料理。女の仕事は一通り教えられたからな。」
その言葉にシエルはふと羽衣のポスターを思い出した。
「歌舞伎の女形・・・か。」
「おまえ、そんなこと知ってたのか?」
アルトは自分が歌舞伎俳優をしていたことをシエルが知っていたのが意外だったらしく、少し驚いた表情で聞き返してきた。
「ま、まぁな。銀河歌舞伎の天才子役って、ギャラクシーでもなかなか有名だったんだぞ、おまえ。」
本当はただ有名だから知っていた、というわけではない。
シエルはアルトの舞台を見たときからずっと彼のファンだったのだ。
今でもパソコンの"alto"のフォルダには歌舞伎俳優時代のアルトの写真がいっぱい詰まっている。
本人が覚えていないようなので特に言うつもりもなかったが、シエルは昔アルトと直接会って話したこともあったのだ。
「ふーん。」
気のない返事をするアルトを横目にシエルは複雑気分になる。
(なんか・・・こういうのずっと片思いしてるみたいで嫌だよな。)
「ほら、シエル。」
そんなシエルの複雑な感情を尻目にアルトは手の平をシエルのほうに突き出していた。
その上には器用にも飛行機型に切られたりんごがあった。
それを受け取ろうとシエルが手を伸ばすと不意にアルトは子供が飛行機のおもちゃで遊ぶかのようにそれを手で飛ばして見せた。
「キー⊂(^ω^)⊃ーン」
それはまるでパイロットになることを夢見る無邪気な子供のようで、シエルもそれに釣られて微笑んだ。
そしてそんなアルトを見ているとついさっきまで自分が気にしていたことが馬鹿らしく思えた。
(やっぱり来るべきじゃなかった・・・。)
あの時突き放したままにしておけばよかった。
きっと彼は何も知らなくていいのだ。
シエルのことも、これから起こることも。
だからこそ彼を巻き込みたくないと思う。
これ以上自分の勝手な感情でアルトの命を危険に曝したくなかった。
(だけど、胸がこんなにも苦しい・・・。)
「本当に飛ぶのが好きなんだな。」
ポツリ、とそんな言葉がシエルから零れていた。
「なんでアルトはそんなに空を飛びたいんだ?」
シエルの問いかけに飛行機型のりんごを玩んでいた手を止め、アルトはシエルの方に向き直った。
「なんでだろうな。空を飛んでると嫌なこととか、そういうの全部忘れられるんだ。」
そう言って笑ったアルトの瞳は無垢な子供のように澄んでいて、シエルは言葉を失った。
シエルが歌うことをやめられないように、アルトもまた飛ぶことをやめられないのだ。


「シエル、お前はなんで歌うんだ?」
シエルがアルトを乗せた車椅子を押して屋上に出た頃にはもう日が傾きかたけていた。
ブロンドピンクの髪に風を感じながらシエルはそれを右手で掻き揚げた。
「初めは生きるために歌ってた。」
もう10年以上前のことだ。
グレイスに拾われたときのことをシエルは思い出していた。
身寄りを失くして路地裏を彷徨うシエルを見つけ、その声帯がバジュラを寄せ付ける感染病に感染していることを知ったギャラクシー上層部人間はシエルを利用することを考えた。
そしてその手足となり行動していたグレイスに育てられてシエルは歌うための訓練を徹底的に叩き込まれた。
歌うことでシエルは生かされたのだ。
「だけど、いつの間にか歌うために生きていた。」
舞台に立って歌うことが楽しくなってアカデミーの成績も伸びてきた頃、シエルは舞台で舞うアルトに出会ったのだ。
それからはいつか自分も歌で銀河を震わせたい、という思いからシエルはだんだんと歌にのめり込んでいった。
それでも早くにその才能を認められたアルトと違ってシエルにはアカデミー卒業後は小さなバーで歌う長い下積み時代があった。
歌で生きることがどれだけ厳しいことか悟らされながらも、より大きな舞台に立つためにシエルはありとあらゆる努力をしてきた。
そのためには歌以外のことでスポンサーに取り入ることもあった。
それでもシエルの歌に対する気持ちは変らなかったし、寧ろどんどんとその魅力に飲まれていった。
「ステージが始まる前の静寂が好きだ。幕が上がるときの胸の高まりが好きだ。」
瞳を閉じればシエルはステージにいて、目の前には何千という観客がいた。
シンと静まりかえった闇の中でドクドクと高鳴る鼓動。
マイクを手にした瞬間その空間はシエルと一体となって震えだす、それが始まりの合図。
「そして観客の熱が一気に本流となって俺の中を駆け巡って、俺はその熱に乗って銀河の彼方まで行くんだっ!」
ゾクゾクと身を震わす快感とともにどこまでも自分を突き上げてくる観客の熱。
想像するだけでも熱くなっている自分にシエルは苦笑する。
歌いたい。
シエルを突き動かす気持ちはただそれだけだった。
「俺は舞台という魔物に取り憑かれた生き物。」
車椅子から手を放しシエルがアルトの前に回りこむ。
正面からアルトと向き合うと、アルトがシエルに微笑んだ。
シエルは歌うためになんだってしてきたし、これからもするつもりだった。
しかしそのためにアルトをこれ以上危険な目に合わせたくなかった。
屋上から見えるビルのモニターにはシエルが写っている。
歌が始まるのだ。
この歌を合図にグレイスたちギャラクシーの人間が動きだす予定だった。
きっと大きな戦いになる。
(そのときこうしてまたアルトが・・・っ!!)
そう思うと言わずにはいられなかった。
「なぁアルト、飛ぶのをやめてくれ。」
「え?」
アルトの表情が驚きに変る。
それはかつて自分がアルトに言われた言葉だった。
だからこそ簡単にアルトがその言葉を受け容れないことを知っている。
アルトいにとって飛ぶことはシエルにとって歌うこと。
それでも気づけばアルトの膝に倒れこむようにシエルはそこにしがみ付いていた。
「お願いだっ!アルト!飛ぶなっ!軍人は他にだっていっぱいいる!だけど・・・っ!」
言葉を失くしてただシエルを見つめるアルトにそれでもシエルは必死で訴えかけた。
「だけど早乙女アルトは一人しかいないんだっ・・・!!」
シエルの声がバジュラを引き寄せている。
だからアルトを戦わしているのは紛れもなく自分であることは重々承知の上だ。
その上でシエルは歌うことをやめない。
(もうこんな我侭言わないからっ!)
それがどんなに自分勝手なことかわかっていたが、それでもシエルは歌を捨てることはできないし、またアルトをバジュラと戦わすことも嫌だった。
目の奥が熱くなって鼻をツンと何かが突き抜けた。
そのことを悟られないようにアルトの膝に顔をうずくめると遠くからダイアモンドクレパスが聞こえた。
(…もう時間がない!)
「アルトくんっ!」
そう思ったとき二人の沈黙を突き破るような活発な少女の声がシエルの耳に入った。
「…ランカちゃん?」
顔を上げるとアルトの姿目掛けて今にも駆けてくるランカと目が合った。
「あ…シエルさんっ…!」
涙に潤んだシエルの存在を確認したランカがそれまでの状況を予測して、自分がひどく間の悪い登場の仕方をしてしまったと思ったのかランカがびくっと振るえ動きが急に止まった。
「ご、ごめんなさい!…きゃっ!」
ランカが大げさに一礼して去ろうとすると数歩踏み出したところで前のめりにこけた。
「あっ、おい!ランカ!」
その様子にすかさずアルトが車椅子をランカの方に押す。
シエルは手持ち無沙汰になった手を宙に浮かせ自分のもとを離れていくアルトの背を複雑な気持ちで見つめていた。
(やっぱりアルトは…。)
ずっと胸のうちに潜む感情がざわざわと蠢き、ずきりとシエルの胸が痛んだ。
苦悶の表情にシエルが眉を歪めたとき、不意に空気を切るような鋭い音が耳障りに響いた。
「これは見事なトライアングルだ。」
スローペースの拍手音、低い威圧的な声。
シエルはその声も話し方もよく知っていた。
モニターのダイアモンドクレパスが突然シャットダウンして、現れた人物。
レオン・三島がシエルの前にいた。




to be continued...






あとがき

もー記憶力が曖昧です^p^
そして映画版と違うのはシェリ男はスパイを自覚して前面協力してるとこです。
[17.03.2011]