Goodbye My Wings05
お前が病院に駆け込んできてくれたとき、俺は本当に嬉しかったんだ。
「これは見事なトライアングルだ。」
沈黙を破る不吉な音とともに屋上の扉が開き軍服に身を包んだマクロスフロンティア大統領補佐官であるレオンとそれに続いてライフルを構えた軍隊がアルト、ランカ、シエルを取り囲んだ。
「もう少し続きを見ていたいところだったが・・・。」
余裕を含んだレオンの話し方にアルトは不快感を覚えながらも状況が飲み込めず宙に視線を彷徨わせてライフルを向ける軍人を交互に見遣る。
しかしヘリから降りて来た他の部隊がシエルを拘束したことで銃口の先が自分ではなくシエルに向いてることを悟った。
「おい・・・なんだよ?」
怒気を含んだ声でアルトはレオンを睨みつけるがレオンはアルトなど見えていないようにシエル一点を見つめている。
「シエル・ノーム、君を諜報活動罪、国家騒乱誘発罪以下13の罪状で逮捕する。」
その言葉を合図にシエルを取り囲んでいた数人の男が彼を拘束し、ガチャリと手錠を掛けた。
「なっ・・・!!どういうことだよそれっ!?」
レオンの口からたった今告げられたことはアルトには到底信じられるものではなく、咄嗟にレオンに詰め寄ろうと車輪に手を掛けるがそれをすぐに近くにいた男に押さえつけられた。
しかしレオンはそんなアルトのことなど全く興味がないようで慣れた手つきで手元にモニターを広げた。
そしてモニターに写ったのは頭から血を流しているグレイスだった。
アルトはその惨劇に驚愕してただ呆然とモニターを見ていた。
「悪いがこの回線を利用できるのは君達だけではないんだよ。各地の侵入者も次々に制圧されていっている。」
その言葉は明らかにグレイスとシエルに向けられていて、アルトは自分の中で鼓動が早まるのを感じた。
”シエルはギャラクシーのスパイかもしれない。”
いつかオズマから言われた言葉だ。
その時はシエルがスパイであることをいくらか疑ったものが、彼と一緒に過ごせば過ごすほどその疑いはアルトの中で完全に消滅していた。
だがその可能性が今肯定されようとしている。
すべてが真実だった、と。
(嘘だっ・・・!!)
「ジ・エンドだ、シエル。」
レオンがくっとシエルの顎を引き上げると無言でレオンを睨みつけるシエルと視線が交差する。
「お似合いの格好だな。」
アルトはそれに何か含みを得たものを感じとって無償にレオンに苛立ちを覚えた。
「おいっ!!どういうことだよ!?」
先ほどよりも一層強く怒鳴るとようやくレオンの視線がシエルから外れ、アルトに向いた。
「今述べた通りのことだ。シエル・ノームはギャラクシーのスパイだ。」
「そんなこと簡単に信じられるかよっ!?」
今にも飛び掛らん勢いのアルトにも銃口が向けられたが今のアルトにはそんなことどうでもよかった。
「嘘ではない。現に今朝も彼は私のベットで諜報活動に勤しんでいた。」
「・・・!!」
思いがけないレオンの発言にアルトは言いかけた言葉を喉で詰まらせた。
見開いたままの目が閉じることを忘れたかのようにレオンを凝視していた。
「嘘だ、と言いたいんだろう?幸い本人が目の前にいるんだ。自分で確認したまえ。」
今、もしアルトの脚が自由であれば、ふんっと得意げに鼻で笑うレオンに確実に殴りかかっていただろう。
それほどアルトの理性は限界にきていた。
(嘘だっ!)
「・・・シエル。」
搾り出すような声でアルトはシエルの名を呼んだ。
嘘だ、と言って欲しい。
そう願うアルトの視線の先にはレオンと対峙してた時とは全く違う、今にも泣き出しそうな表情で眉根を寄せたシエルがいた。
「何か言えよ・・・、シエル。」
アルトの呼びかけにも何も答えず、ただ唇を震わせるシエル。
何故嘘だと言わない!?
喉からそう出掛かったとき、シエルの唇が戦慄いてただ一言呟いた。
「・・・ごめん。」
シエルの視線がアルトから逸らされる。
瞬間アルトは自分の視界が真っ暗になるのを感じた。
「こいつはギャクシーのためにフロンティアを危険に陥れ、そしてそのために男と寝さえする。それが銀河の帝王シエル・ノームの真の姿だ。わかったか?早乙女アルト。」
シエルのブロンドピンクの髪を鷲掴みながらはははっとレオンが声高く笑った。
しかしシエルは痛みに表情を歪めただけで何も言わなかった。
普段の、アルトの知っているシエルからは想像できない姿だ。
「そんな・・・う、そだろ?おい、」
嘘だ、と誰かに否定して欲しい。
それなのに何もかもがアルトの望まない方向へ進んでいく。
(こんなの俺の知ってるシエルじゃないっ・・・!?)
アルトの知っているシエルは我侭で高慢で、自分に自信があるぶん人一倍プライドが高い。
だけど彼の言うことはちゃんと筋が通っているし、反省や礼だっていえる、本当は優しくて脆い人間で、それを必死で隠している。
銀河の帝王たらんとするために。
決して影でこそこそ動き回ってフロンティアを危険に陥れるような人間でもなければレオンにされるがままになっている人間でもない。
それなのに今のシエルは・・・。
「それでは、行こうか。銀河の帝王改めイツワリノプリンス。」
「おいっ!シエル!」
(全部嘘だったっていうのかよ!?)
アルトの呼びかけにも答えずレオンに背を押さたシエルが大人しくヘリに乗る。
「・・・シエルっ!!何とか言えよっ・・・!!」
色んな感情がアルトの中で入り乱れて、自分でも制御できずただシエルを見つめ叫んでいた。
「なぁって!!」
だがそれに振り向いたのはシエルではなく不敵に笑うレオンで、シエルに続いてレオンもヘリに乗ると、二人はアルトを置いて空高く昇っていってしまった。
「シエルーーーッ!!」
アルトは何もなくなった空に向かってただそう叫んだ。
あれからアルトはランカに車椅子を押されて病室に戻った。
ランカはアルトに一言二言話し掛けたがアルトはろくに返事もせず、一人にしてくれとだけ答えた。
それから何人かアルトを見舞って病院を訪れる者もいたがアルトは一様にそれを断った。
数日間の入院生活の間ずっと屋上でのできごとがアルトの頭を苛み、悲しみと怒りの入り混じった感情を胸に抱え続けた。
それでもどこかで全てが夢で、何もなかったのだ、と誰かに言われることを望んでその数日間は過ごした。
だから退院後SMSに出社したアルトに伝えられた、シエルがギャラクシーのスパイで死刑宣告を受けたという内容はアルトの中で最後通告のように響いた。
(俺は騙されていたんだ…。)
シエルはスパイとしてSMSの隊員であるアルトに近づいた。
だから一緒にシティを遊び歩いたのシエルも、ボディガードをつけたシエルも、歌いたいと声を荒げたシエルも、病院に駆け込んできたシエルも全て嘘、偽りだったのだ。
それはアルトを憤怒させるのに十分な理由になるはずなのに、何故か今のアルトはシエルに対する怒りよりも裏切られたという悲しみを強く感じていた。
シエルはフロンティアを危険に曝し、ギャラクシーのためであれば男とも寝る、そんな人間だ、と何度自分に言い聞かせてもアルトの中から自分に縋り付いて飛ぶなと言ったシエルの姿が消えなかった。
(シエルッ…!!)
何度その名前を心の中で呼んだか、そのたびにアルトは行き場のない感情に襲われる。
腹立たしいはずなのに、辛く、苦しく、悲しい。
こんな感情、アルトは知らなかった。
どうすればこの不の連鎖を断ち切れるのだろう。
手にしたシエルのイヤリングを見つめながらアルトは考える。
それはシエルがお守りとして大事にしていたイヤリングだった。
(いっそこんなもの捨ててしまえばっ…!!)
自分の中で駆け巡る行き場のない感情とともに海に投げ込めば自分は全てを忘れられるのではないだろうか。
そう考えてイヤリングを握りしめた手を高く振り上げたが、やはりその手が寸でのところで宙を彷徨って振り下ろされる。
(…無理だっ!!)
自分からそれを捨てられるほどアルトは強くなかった。
このイヤリングを見るたびに思いだすのだ、鮮やかに笑うシエルの姿を。
自分と過ごしたシエルの全てが嘘だったと思いたくない。
その感情がアルトを苛む。
「…アルトくん。」
捨てられずにイヤリングを握り締めたままの震える拳に視線を落としていると不意に背後からアルトの名を呼ぶ声が聞こえた。
「…ランカか。」
そこには浮かばれない表情のランカがいた。
ランカもまたシエルの事実を聞かされ大きなショックを受けているはずだった。
「シエルさんのこと…。」
「すまない、シエルの話はしないでくれ。」
そのランカがシエルのことを話そうとしているのを悟ってアルトは瞬時にそれを遮る。
「シエルの話は聞きたくないんだ…。」
自分でも持余しているこの感情を人からシエルの話を聞くことでこれ以上かき乱したくなかった。
「…でもっ!!」
しかし普段のランカから想像できないほどに彼女も食い下がってくる。
そのことに戸惑いながらもなんとかシエルの話題を逸らそうとアルトは苦心した。
「それよりお前のライブ凄かったんだってな。」
「アルトくん…。」
「フロンティア中の話題だぞ。」
「ねぇ、アルトくんっ!!」
「なんだよっ!?」
あくまでシエルの話をしようとするランカに気づけばアルトは大声を出していた。
「シエルがなんだよっ!?シエルはギャラクシーのスパイでフロンティアの敵で、銀河の帝王なんて嘘っぱちなんだよ!ギャラクシーのためなら誰とでも寝るような、そんな男なんだよ!」
自分はそんなシエルの笑顔を信じて。
歌いたいという気持ちを信じて。
裏切られたのだ。
「お前もあんなにシエルのファンだったのに、がっかりだろ!?もう忘れろよ!あんな奴の話するなよっ!」
ランカに言ったのではない。
シエルに失望して、それなのに忘れられなくて、何よりもまだシエルのことを信じたいと思っている自分にアルトはそう言い聞かせていた。
「…アルトくんは本当にそう思ってるの?」
一息の間を置いてランカが静かにそう言った。
「ねぇ、アルトくんはまだシエルさんを信じたいんでしょ?」
「…違う。」
ランカの目はまっすぐにアルトを見据えていた。
「嘘。だってアルトくん、シエルさんのイヤリング捨てられないでいるよ。」
そうだ、信じたい。
誰よりもシエルを信じていたい。
「…だけどあいつはスパイで…きっと俺に近づいたのも…。」
「アルトくんはシエルさんに騙されたと思ってるの?全部嘘だったって?」
「だって、あいつの何を信じれば…?」
答えが欲しくて縋る様にランカを見れば、ランカは首を横に振った。
「それは私だってシエルさんじゃないし、アルトくんでもないからわからないよ。でもアルトくんはアルトくんの信じるものを信じればいいんだよ。」
「俺の…?」
「うん、アルトくんの信じるもの。」
「そんなもの…わからない。」
何が本当で何を信じればいいのか、舞台の上であらゆる役をこなしてきたアルトにはそれが自分のことであってもわからなかった。
いつも誰かの役を演じている。
だから自分がわからなくなる。
自分がわからないのだ、他人なんてもっとわかるはずがなかった。
それなのにランカは自分が信じるものを信じろという。
それがわからない。
「うん。ゆっくりでいい。だけどそうして考えるのをやめようとしないで。」
そう言って微笑んだランカにアルトは何も言えなかった。
考えるのをやめる。
それはシエルのことを世の中の判断に任せ、自分は何もかも放棄しようとしているアルトのしていることだ。
信じたいのに信じるのをやめようとする自分。
それをランカは諌めている。
(何でこいつはこんなに強いんだ?)
このとき普段はおっちょこちょいで誰かの後ろに隠れているような恥ずかしがりやのランカがこの数週間で大きく変わったことをアルトは否応なしに悟った。
to be continued...
あとがき
ランカがいい子\(^0^)/
アルトくん相変わらずだめんず!
これから挽回します!
[23.03.2011]