Goodbye My Wings06
「シエル・ノーム。面会だ。」
レオンに散々嬲られてきしきしと軋む身体をベットに寝かせうとうとしていると、鉄格子の向こうで響くそんな声に目を覚まされた。
(・・・俺なんかに誰が?)
不審に思いながらも重い身体をなんとか起して立ち上がると激しい眩暈と咳に身体はふらついた。
(こんな生活いつまで・・・。)
命に等しい歌を取られ、プライドを潰され、病に侵されながらただレオンに痛めつけられるだけの日々。
自ら命を絶つことも許されぬのなら今すぐ死刑を執行されるか、病に命を完全に食い尽くされたかった。
しかしそれも叶わず、ただ身体がじわじわと力を失うのを感じながら一人冷たいベットの上で苦痛に耐えるしかなかった。
「入れ。」
手錠をされ、案内された面会室に入るとただ簡単な仕切りで作られた個人ブースにパイプ椅子が置かれただけのそこも牢獄同様殺風景な部屋だった。
手前から三番目のブースに背中を押されて行って、そこにシエルが腰掛けようとするとガラス越しに緑の髪が目に入った。
(ランカちゃん・・・!?)
その瞬間シエルはぱっと踵を返した。
「戻せっ・・・!!」
看守に肩を押さえられ止められるのも構わずシエルは出口に向かおうとする。
今の、こんな惨めな姿をランカには見せたくなかった。
「逃げるんですかっ!?」
普段のランカからは想像できない厳しい口調にシエルの動きは止まった。
ガラス越しにパイプ椅子に腰掛けるランカは俯いたままで表情はわからなかった。
「・・・アルトくん凄く傷ついてます。シエルさんに騙されたって・・・。」
今更そんな話は聞きたくなかった。
アルトがどうであろうと、もう会えないのだ。
「私にとっても・・・シエルさんはカッコよくて、憧れで・・・」
「勝手なことばっか言うなよ!」
もう誰のことも聞きたくなかった。
だんっと激しい音とともに看守が止めるのも構わずシエルは面会机に乗り出していた。
「みんな好き勝手に俺を並べて銀河の帝王なんて呼んでっ・・・!!だけど本当の俺は身体で自分売り込んでるような薄汚い人間なんだよっ・・・!!」
”とんだ茶番だよ”
レオンの言葉が脳裏を掠めた。
そうだ、ステージで脚光を浴びて、観客を熱狂させる銀河の帝王なんて茶番だ。
そんなことシエルが一番よくわかってる。
それでも熱に押されて、歓声に酔いしれるステージの上が堪らなく好きで、ずっとこの命が続く限り歌い続けていたいと思っていた。
そのときだけは日々の寂しさも辛さも何もかも忘れていられたから。
「私、シエルさんはもっと強い人だと思っていました。」
怒鳴られててっきりこのまま帰るのだと思っていたシエルは俯いたままのランカが口を開いたことに驚いて顔を上げた。
「だけどグリフィスパークの丘やバジュラとの戦いの中で一緒に歌ううちにわかったんです。」
そこで顔を上げたランカと目が合った。
「シエルさんも寂しかったんだな、って。」
シエルの前にはいつも自分に自身なさげにうろうろと視線を彷徨わせるランカではなくしっかりと意志を持って話すランカがいた。
「シエルさん普段は強くて、なんだってできて、本当に凄い人なのに私と一緒で一人で寂しかったんだなって分かったとき、正直嬉しかったんです。そしてシエルさんと歌ってると私も一人じゃないって思えたんです。それって凄いことだと思いませんか?」
シエルさんの歌が人と人を繋いだんですよ。
そうランカに言われているようだった。
「だからシエルさんと歌えてとても嬉しかったんです・・・。」
シエルは何も言わず呆然とランカの話を聞いていたが、それをランカはシエルが気分を害していると思ったのか急に視線を落として声音を下げた。
「ごめんなさい勝手なことばかり言って・・・。」
そのまま顔を上げようとしないランカにシエルは自然と笑みを浮かべて礼を言っていた。
「ありがとう、ランカちゃん。」
シエルは失くしかけていた気持ちを教えてもらった気分だった。
(きっとこの子ならアルトのことも・・・。)
自分が傷つけたアルトの心もランカによってなら癒される気がした。
そのことにシエルの胸はずきりと痛んだが、もう自分ではどうしようもないことなのだ。
自分は静かに退場していくべきだ、とシエルがそのまま面会室を去ろうと立ち上がったとき再びランカに呼び止められた。
「あのっ・・・!!シエルさん、最後に一つだけ答えて下さい。」
振り返ると真剣な表情のランカと目があった。
シエルはそれにただ黙って頷いた。
「・・・シエルさんはアルトくんのこと・・・」
そこまで聞いてすぐにランカが何を聞こうとしているのか理解できたのでシエルは静かに口を開いた。
「好きだよ、ランカちゃんと同じくらい。」
ランカには言ってしまっても構わないと思った。
ランカもまた、自分と同じ早乙女アルトに惹かれているのだから。
「・・・だけどこれは俺とランカちゃんの秘密な。」
ランカの表情が歪む。
「だって俺はもう死ぬ運命だから・・・。」
ランカはまだ何か言いたそうだったが、シエルはそれを無視してそれだけ言うと面会室を後にした。
役をしていると一体自分が誰なのかわからなくなる。
「対バジュラ用の新しい機体だ。」
突然の着信に呼び出され、アルトが来たのはSMSの機体倉庫だった。
アルトはてっきり緊急召集だと思っていたのでそこに着いて隊長のオズマしかいなかったときは内心拍子抜けした。
それでも何か特別な任務の話でもするのだろうと踏んでいたが、実際は搬入されたばかりの機体を見せてオズマはその説明をつらつらと始めただけだった。
アルトは得意げに機体の説明をするオズマを遠めに心半分でその話を聞いていた。
アルトの意識からはやはりシエルが片時も離れなかった。
シエルに騙されていた。
それでもシエルを信じたいと思うのにシエルの何を信じればいいのかわからない。
人の何を信じればいいのか判断する前にアルトは自分自身が信じられないのだ。
舞台の上で役を演じ続けてきたアルトは役に没頭するあまり、いつしか自分自身もまた、早乙女アルトという役を演じているのではないだろうかと思うようになっていた。
そのようにシエルもまた、シエル・ノームという人間を演じ、銀河の帝王を演じ周りを欺いてきた。
ともすれば彼の歌いたいという気持ちは?自分に飛ぶなと言った彼は?
それに対してどこまでも続く空飛びたいと一心に願ってきた自分は?
何が本当で何が嘘なのか、アルトにはわからなくなっていた。
「どうして飛ぶのかわからん、という顔だな。」
不意にアルトに背を向けたままオズマがそう言った。
それに対しアルトは何と答えればいいのかわからず視線を下ろす。
「アルト、お前には俺がどう見える?」
突如投げかけられた質問にアルトははっと顔を上げる。
「た、隊長は・・・隊長でその・・・。」
「アルト、お前はガキだ。」
気づけばオズマはアルトの目の前まで来ていた。
そしてオズマの胸元では拳が握られている。
「だがな、本当は俺だってお前に負けないくらいガキだっ!」
その言葉とともにオズマの右拳がアルトの左頬に直撃した。
殴られる瞬間アルトはぐっと歯を食いしばり身構えたが、自分よりずっと体格のいいオズマにストレートで殴られた衝撃にアルトはよろめいた。
「隊長の役、兄貴の役、兵士の役、恋人の役、俺だってみんな演じてるんだ!俺だけじゃない、お前も!演じてない人間なんて一人もいねぇんだよ!」
殴られた頬を押さえたアルトがはっと顔を上げる。
演じてない人間などいない。
それはアルトに限らず誰だっていつも何かの役を演じているということ。
だからと言って演じている全てが嘘、偽りではないのだ、そうオズマはアルトに伝えようとしているのだ。
「SMSは軍隊ではない。戦闘下のとき以外は基本的に出るも入るも自由だ。だからこそ自分でそれを決めねばならん。」
演じているから自分ではないなどということはない。
役に嵌まる自分も、こうだと思っている自分も全て早乙女アルトで、アルトはそうした幾重にも重なる自分を信じなければならない。
その上で自分で選んで、決めて、信じた道を行くしかないのだ。
だからこそ歌舞伎の女形をしていたアルトも、空を飛びたいと思うアルトも、今シエルを信じたいと思うアルトもすべてアルトで全てを受け容れてやればいいのだ。
シエルだってきっと同じだ。
銀河の帝王としてのシエル、自分に飛ぶなと縋りついたシエル、スパイとしてのシエル。
すべてがシエルで、すべて含めた上でアルトがシエルを受け容れたいと思うのならきっとそうすればいいのだ。
(俺は俺の信じたいものを信じる・・・!)
「隊長・・・っ、ありがとうございます!」
礼を言うと共に頭を下げ、顔を上げるとオズマは満足そうに笑っていた。
そして何か言いけたところでオズマの携帯の着信音が声高に鳴り響いた。
「ランカか、なんだ?・・・何っ!?」
突然のランカの着信に今度こそSMSに緊急招集がかかった。
昨日のランカとの面会のことをシエルはベットの腰掛思い出していた。
ここでただ絶望のうちに暮らすうちに失った気持ちをシエルは今取り戻しつつあった。
(俺は銀河の帝王でもスーパースターでも何でもない。)
もう衣装で身を飾りステージに立つことも、みんなの前で歌うこともない。
(それでも俺は・・・)
ここではレオンや看守たちに言われたように生きる価値もないとされた存在かもしれない。
薄暗い牢獄の中でただベットに横たわり、病に身が侵されていくのを感じながらレオンを受け容れるだけの自分をただひたすら悲観していた。
だけど違う。
(それでも俺はシエル・ノームだ!)
どんなに辛くても心の根の部分までは腐らせてはいけない。
どんな姿になってもシエルはシエルだ。
その根本はやっぱり歌が好きで、歌がすべてなのだ。
シエル・ノームである限りシエルは歌い続けなければならなかった。
どんな状況にいてもこれだけは捨てられないのだ。
シエルは立ち上がり、近くに落ちていた食事用のスプーンを拾うとその手で壁に思いつくままに歌詞を書き出した。
スプーンを走らせたところのコンクリートがただ白っぽく削れるだけでそこに綴った字は読みづらかったがそれでもよかった。
「・・・ごほっごほっごほっ!」
数行書いたところで激しい咳き込みに襲われ、口元を押さえた手を見るとやはりまたべっとりと赤い血が付いていた。
だが今はその血すら詞を綴るインクになると思い、シエルはそれを指に付け壁に文字を書き続けた。
(俺は死ぬ間際まで・・・いや、死ぬときだって歌はやめない!)
to be continued...
あとがき
次はシエル救出大作戦です\(^0^)/
もう作戦会議のシーンはカットで!
[23.03.2011]