Goodbye My Wings08



腕の中で泣く君が愛おしいと思った。


ランカのライブに紛れてアルトはシエルが捕らわれている囚人棟に侵入した。
セキュリティーはルカによって作動しないようになったが、肝心のシエルの牢屋まではどこにあるかわからなかった。
だから最悪アルトは棟内すべてを駆け回る覚悟だったのだが、実際囚人棟に入ってみるとすぐにシエルの歌声が聞こえてきた。
(シエルが・・・歌ってる。)
ランカの歌に合わせて歌うシエルの声が聞こえる方向にアルトは全速力で駆けて行った。
「シエルッ!」
ブロンドピンクの髪が目に止まり、叫ぶようにその名を呼んだ。
「・・・ア、ルト?」
まるで幽霊でも見るかのように驚きのままにシエルがアルトの名を呼んだ。
久し振りに見るシエルは白い肌をいっそ青白くさせ、疲労の色を窺わせた。
いや、もしかしたら疲労だけではないのかもしれない。
(・・・病気がだいぶ侵攻している・・・?)
嫌な予感が脳内を過ぎり、一瞬何か声を掛けようと思って今はまずシエルを救出することが先決だ、とアルトは考えを改めた。
「シエル、後ろに下がって屈めっ!」
そう指示するとアルトは素早くスカートから導火線を取り出し鉄格子にそれをセットした。
爆風ととに鉄格子が崩れるとアルトはシエルのいる牢獄に一歩踏み入れる。
「大丈夫か?・・・おまえ、こんなところまで。」
そこで薄暗い中コンクリートの壁にびっしりと刻まれた詞にアルトは息を呑んだ。
(やっぱりシエルはシエルだ。)
どんな状況でも歌うことをやめない。
やはりシエルはアルトが信じたいと思ったシエルだった。
そのことに自然と笑みが浮かんできてシエルに目をやると、意外にもまだ立ち上がろうともせず床に屈んだまま不安げに視線を彷徨わせるシエルがそこにいた。
「アルト・・・。」
アルトはシエルが何を躊躇っているのかわからず不思議そうにその名を呼ぶ。
「・・・シエル?」
アルトの呼びかけにシエルの長い睫毛が震えたのが見えた。
シエルが何か不安がっているように思えて、アルトはその不安を拭い去ってやるように両手を広げてシエルに向けた。
「おいで。」
何も不安なことなんてないのだ、と。
もう一人で苦しまなくていいのだ、と。
そう伝えるように微笑んでやるとシエルの顔がくしゃくしゃに歪んで、次の瞬間にはアルトの胸に飛び込んで来ていた。
「アルトッ・・・!!」
そっとシエルのブロンドピンクの髪を撫でてやるとその頭が微かに震えているのがわかった。
「ずっと・・・会いたかったんだっ・・・!!」
普段は我侭で高慢で人に弱みなんて決してみせないシエルが実は寂しがりやで一人ぼっちになるのが凄く嫌いなことをアルトは知っていた。
だからここでシエルが味わった孤独や不安はきっととてつもないものだろう。
ほんの一時だけ、その不安を拭ってやるようにシエルの髪を撫でてやるアルトだったが今は一刻を争う状況だ、とすぐにシエルの肩を離し、そのまま抱き上げた。
「うわっ・・・!」
シエルは突然アルトに抱き上げられたことに驚いたようだったが、アルトは抱き上げたシエルの軽さに内心驚いていた。
先ほど肩を抱いたときにも思ったことだったが、今抱き上げたことによってそれが確信に変り、アルトは胸がすく思いだった。
(なんだよ・・・この軽さ。前はこんなんじゃなかった。)
以前からシエルは確かに細身ですらっと背が高い、というイメージだった。
だがそれは決して華奢なわけではなく、寧ろ適度な筋肉やしっかりとした骨格が男らしい印象を与えていた。
しかし今のシエルは筋肉が落ち、体重そのものも落ちているのだろう、ぞっとするような軽さだった。
「・・・シエル、おまえ・・・。」
「何?」
「いや・・・、しっかり捕まってろよ。」
監獄生活だけが原因ではないだろう。
きっとシエルの病がそこまでシエルを蝕んでいるのだ。
そのことを尋ねようとして、アルトは思いとどまった。
(今はここを逃げることが先決だ。)
そう自分に言い聞かせアルトはジェットエンジンのスイッチを入れた。




ライブステージから堂々と脱獄して、アルト、シエル、ランカの3人はメトロの線路に非常用トロッコを走らせていた。
アルトがライフルを構えて前方を確認している間、シエルは走って疲れたのかランカの膝に頭を寝かせていた。
ステージで歌うシエルは先ほどのアルトの不安など杞憂であるかようにいつもと変らず元気だった。
しかしステージを降りて一歩走り出すとすぐにシエルは咳込み出し、アルトが肩を貸してやらなければまともに歩くことすらままならなかった。
(シエル・・・)
アルトが心配気にシエルを見たとき、ランカが前方にある人影に気づいた。
「お兄ちゃん!」
「隊長!」
メトロの駅にオズマが立っていたのだ。
「お前ら、無事か?」
「あぁ、なんとか。・・・だけどシエルが・・・。」
「俺は大丈夫だ。」
シエルの不調を伝えようとするとすかさずシエルがそれを遮った。
「シエル、お前随分顔色が悪いぞ?」
しかしオズマもシエルの顔を見るや否やすぐにそう言って彼の肩を支えようとした。
「大丈夫だって!」
シエルはオズマもアルトの手も払って一人で歩き出す。
しかし数歩進んだところで案の定シエルはふらついてすかさずアルトがその肩を支えに行った。
「アルト、俺はランカと前方を歩く、お前はシエルと後ろから付いてこい。」
アルトが静かに頷くとオズマはランカとせっせと前を歩き出した。
「シエル、行こう。」
シエルの細い肩を抱いてアルトも後に続いた。
既に外では対バジュラの戦闘も開始している。
ときたまゴォンと大きな爆音が外から聞こえては静まり返る。
それでもとりあえずここは誰もいないようなので戦闘になる恐れは無い、と気を抜いたとき大きな爆音とともに前方の道とアルトとシエルがいる場所が寸断された。
下に十メートルほど落下してアルトとシエルは着地した。
「いてぇ・・・」
「大丈夫か!?」
「・・・まぁな。」
着地の際の衝撃が足に響いたのか、シエルが右足をさすっていた。
やはり外の戦闘で地盤が大きく歪んでいるらしい。
爆音も近くで鳴り続けている。
アルトは上にいるオズマに向かって何度か声を張り上げてみたが、全部外の音に打ち消されていった。
「だめだ・・・聞こえないみたいだ。」
「どうするんだよ?」
「確かこのまま進めば避難シェルターがあったはずだ。そこに行って隊長の連絡を待とう。」
ルカにここの地図を見せられたときに民間人用の避難シェルターがあったことをアルトは思い出し、とりあえずこの戦闘が止むまでそこにシエルを連れて避難することにした。




避難シェルターはそこから5分ほど歩いたところにあった。
ここまでは誰も避難してきていないらしく、アルトとシエルは広いシェルターの中に二人ちょこんと寄り添って腰を下ろした。
シエルは身体をアルトに預け息を整えていた。
「シエル、大丈夫か?」
「おまえ、さっきからそればっかりだな。」
いい加減アルトの同じ質問に嫌気が差したシエルが睨むような視線をアルトに向けた。
「・・・だっておまえ、辛そうだし・・・。」
「久し振りに歩き回ってちょっと疲れてるだけだ。」
今まで狭い部屋に閉じ込められてたからな、と悪態をつくシエルを横目で見ながらアルトは今こそ、と決意して口を開いた。
「嘘付くなよ。」
「嘘なんかじゃねぇよ。」
「病気、相当悪いんじゃないのか?」
真剣な眼差しで問うアルトからさっとシエルの身体が離れた。
シエルのネイビーブルーの瞳が揺らいでいた。
シエルが何か言おうと口を開きかけたところで言葉はすべて激しい咳き込みに消えていった。
「シエルッ!」
すかさずアルトが咳き込むシエルの肩を抱き寄せ、背中をさすってやる。
それに少し落ち着いたのかシエルの咳が止み、口を覆っていた手を離したときアルトはシエルの手の平が真っ赤に染まっているのを見た。
「・・・おまえ・・・いつから・・・?」
その赤い塊が先ほどの質問の答えであるかのようだった。
「・・・ライブで倒れたときが最初だったかな。あのときはまだたまに吐くくらいだったけど、最近は毎日だ。」
そう告げるシエルの口調はやけに静かだった。
「俺は死刑にならなくても、どうせもうすぐ死ぬんだ。」
グレイスからシエルが病気だ、と聞いたときは驚いたがまさかここまでシエルに死が迫っていようとはアルトは思っていなかった。
歌うのをやめ、声帯を取らなければいずれ死ぬ。
そのときはその”いずれ”がこんな近くに迫っているなんて思っていなかったのだ。
「アルト、俺・・・死ぬのが怖いよ。」
気づけばシエルはアルトの胸に顔を埋めていた。
アルトの胸元で握られたシエルの手が震えている。
「シエル・・・。」
そっとその肩を抱いてやろうと、アルトが手を伸ばした瞬間シエルがぱっと顔を上げ、今にも泣き出しそうな顔でアルトを見た。
「アルト、・・・俺を抱いてくれ。」
「…え?」
一瞬シエルが何を言ったのかアルトには理解できなかった。
「一度だけでいいんだ、俺を抱いて欲しい。」
「おまえ、こんなときに何言って・・・」
「こんなときだからだよ!」
シエルの拳ががんっとアルトの胸を叩いた。
「アルカトラズの冷たい牢屋の中でずっと、ずっとアルトのことを考えてた。もう会えないって思ってたから、おまえのこと思い出すのは辛くて悲しかったけど、それでも気がつけばいつもおまえを思ってたんだ。もっとずっと一緒にいたかったって何度も思った。俺はあそこで一人ぼっちで死んでいくはずだったけど、こうしてもう一度アルト、おまえに会えたんだ。だけどまたいつ離れ離れになるかわからない。俺には・・・時間がないんだ・・・だからっ・・・だか、・・・らっ・・・!!」
震えて俯くシエルの頬にそっとアルトは己の手を添えた。
伏せた目蓋を持ち上げたシエルの瞳は水分を含んで今にも溢れ出しそうだった。
「・・・え?」
アルトはシエルの鼻にそっと唇を落とし、そのままシエルの唇に触れる。
しかしそこでシエルの手が割り入ってアルトの唇をそっと遠ざけた。
「キスは駄目だ・・・、俺さっき血を吐いたから気持ち悪い・・・っん・・」
アルトはシエルの制止も聞かず、その手を掴み、己の指を絡めて拘束するとシエルの唇に啄ばむようなキスをした。
「んっ・・・はぁっ・・・アル、ト・・・」
唾液を絡める音だけが静かな空間の中で聞こえてくる。
シエルの唇からそっと離れ、アルトは熱と涙に潤んだネイビーブルーの瞳を覗きこんだ。
「シエル、おまえは一人ぼっちなんかじゃない。」




to be continued...







あとがき

公式無視の迂回ルート\(^0^)/
このシーンを書きたいがためにここまでやってきたと言っても過言ではない。
次回、小数点でアルトを脱チェリさせます!←
[27.03.2011]