Goodbye My Wings12







ありがとう、そしてさようなら。




あれはいつのことだったか。
まだアルトが歌舞伎界で天才子役としてその名を馳せていたときのことだ。
ギャラクシーにツアー公演に行って羽衣の舞を舞ったとき、公演が終わったあとに自分と同じ年頃の男の子が声を掛けてきた。
フロンティア育ちのアルトには珍しいピンクブロンドの髪に大きなネイビーブルーの瞳をきらきらと輝かせたその少年は幼いアルトの両手いっぱいの花束を差し出した。
男の子に花束を貰うのに何故だかそのときのアルトはどきどきして何もろくに喋れなかったのを覚えている。
しかしそれよりももっと印象的だったのは矢三郎に促されてその場を去ろうとするアルトに向けて投げかけられた言葉だった。
―俺もアンタみたいにいつか歌で銀河を震わすから!
見た目の可憐さに反して子供ながらに大胆で強気な発言。
歌舞伎の家系に生まれて、選択の余地などなくごく当たり前のように舞台俳優の道にのったアルトにとって彼の舞台という夢に対する熱意がひどく新鮮で羨ましかった。
いつか自分も何かに憧れ、それにまっすぐに飛び立つことができるだろうか、そう幼いアルトは自分に問いかけた。


朦朧とする意識の中でひどく心地良い声が耳を撫でた。
この声は今自分が思い出していた記憶の少年のそれと同じで、そして何よりもよく知っている耳慣れたあの声だった。
「・・・シ、エル?」
うっすらと目を開けるとそこは銀河のど真ん中で、どうやら自分がバジュラとの戦闘で負傷して意識を失っていたらしいことを思い出した。
懐かしい記憶に心寄せていたところだったが、遠くから聞こえる歌声にアルトの意識は次第に引き戻される。
耳を澄ませてその声に集中するとやはり彼の声だ。
間違いない。
自分がその人の声を聞き間違えるなんていうことはないのだ。
誰よりも、何よりも大切な人。
「シエルッ!」


ヴァルキリーを操縦してすぐさま声のする方に飛んでいくとそこにはマイクを片手に歌うシエルとオズマの姿があった。
「隊長!シエルッ!無事だったのか!」
もう会えないと思っていた人たちがいる。
二人の無事にアルトは高まる感情を抑えきれずそう叫んだ。
シエルとオズマもアルトの姿を確認するとこちらに向かって駆け出して来た。
そのシエルの姿はアルトカトラズで再会したときに比べ活気さを取り戻していた。
病状がよくなったわけではないだろう。
現にシエルの足取りはやはり覚束無い。
だがそのネイビーブルーの瞳はいつかギャラクシーで会ったときのようにきらきらと輝いていた。
「アルトッ!教会に連れて行ってくれ!」
「だけどお前その体じゃ・・・」
「アルト、俺は決めたんだ。俺はスターだ。それなら死ぬなら舞台の上、そうだろ?」
シエルが死ぬことに賛同するわけではない。
だけどシエルが歌い続けることを決めたのであればもうそれを拒否する理由はアルトにはなかった。
アルトにはアルトの進むべき道があるように、シエルにはシエルの道がある。
誰もが自分の為すべきことを為すこと、為すべき道を進むことが必要なのだ。
それぞれが、それぞれであるために。
「わかった。」
アルトがシエルの決断に大きく頷くと、シエルははにかんだような笑みで返した。




「シエルさんっ!」
シエルが教会のステージに飛び降りて衣装チェンジを行い、何曲目かを歌い終えたところでランカが到着した。
彼女もまたシエルの歌声を聞いて駆けつけてきたのだろう。
「・・・ランカちゃん」
「大丈夫ですか!?」
ランカの姿を見た瞬間安堵からか一瞬気を抜いたせいで足元がふらついてしまった。
駆け寄るランカにもたれ掛かると心配そうに自分を覗き込むランカと間近で目が合った。
そんなランカの心配を振り払うかのようにシエルはしっかりランカの肩を掴んで体勢を整える。
「大丈夫。本番はまだまだこれから、だろ?」
この歌を最後まで届ける、それが今のシエルを突き動かす全てだった。
ランカもそのシエルの気持ちを受けとったのか大きく頷いてみせる。
「いくぜ、ランカちゃん!」
「はいっ!シエルさん!」
きっともうこうして歌うことはないのだろう。
空を舞う彼の姿を見ることもないもないだろう。
だけど、だからこそすべてをここに賭けたいと思う。


地平線を揺さぶる風
炎はまだ燃えているか
震えながら世界の入り口に立つ
思い届けるまで死ねない


遠くでバジュラと戦うヴァルキリーに祈るように歌い続けた。
きっとこのイヤリングがすべてを運んでくれると信じて...


その翼はヴァルキュリア
傷ついた戦士の前 ヴァルキュリア
舞い降りる幻想の恋人 
その魂導くため 虹の橋渡る
ヴァルキュリア


ずっとシエルたちの声を聞いていた。
このイヤリングがバジュラにも通じてくれると信じて。
そして気づけばアルトは自分がひどく遠くに来ていることを知った。
先ほど母艦から届いた通信ではどうやら自分が今いる位置は一斉射撃の圏内に入ってしまうらしい。
だけど彼らの声を伝えるためにはこうするしかなかったのだ。
そして彼らの思いを伝えることこそ自分の仕事ではないか。
だから後悔する気持ちなど起こらないのだが、それでもまだ伝え残した思いがあることがひどく残念に思えた。
もう時間がない。
もしこのイヤリングが思いを伝える石であるとすれば、ひょっとしたら自分の気持ちも届けてくれるかもしれない。
そんな考えがアルトを過ぎり、ゆっくりと彼らがいる方を振り返ってみた。
遠くに僅かにその姿が確認できる。
それほどのものだったけど、せめてこの思いだいけは伝えたいと思う...

「ランカ、あの返事だけど・・・
ごめん。お前の気持ちに答えられない。」

いつも傍で明るく笑顔を振りまいてくれた。
手の掛かる妹みたいでほっとけなくて、だけど芯はしっかりした少女。
きっと彼に出会っていなければ自分は何のためらいもなくもっと早くに彼女の手を取っていただろう、とさえ思う。
だけど自分は出会ってしまった。
きっとランカに出会う以前から、もうギャラクシーで会ったときにはすでに彼は自分の中で大きな存在になっていたのかもしれない。
あのきらきらと瞳を輝かせて夢を語る熱っぽい視線にずっと囚われていた。
いや、もしかしたら今も、

「シエル、もう遅いかもしれないけど...

愛して―」


ヴァルキュリア サヨナラノツバサ
愛してる




「そんな...アルトッ!!アルトッ!!」
爆音とともに消えるその姿のあった方向を凝視してシエルは叫び続けた。
放っておけばそのままステージから飛び降りかねないと思ったランカが必死でその肩を抱くようにして押さえるが、シエルはまるでアルトのいた方向しか見えていないかのようにそこから目を離すことも、その名を呼ぶのを止めることもなかった。
「アル・・・トッ・・・」
叫び続けることに疲れてへたりと座り込んだシエルの肩にそっとランカが手を掛ける。
そこでようやくシエルはこの思いが自分だけではないことに気づいて、ランカの方を振り返る。
きっと彼女も辛いはずだ。
そう思うとシエルは自然とランカの肩を抱き寄せていた。
「ランカちゃん・・・」
「シエルさん・・・!」
二人で傷を舐めあうように、慰め合いだと蔑まれてもいい、ただこの胸の痛みを共有できるのは二人にとってお互いしかいなかった。

もっと君といたかった
もっと君と生きたかった
アルト、

どれくらい二人でそうしていただろう。
自分の視界が涙とは関係なくぼんやりとしていることにシエルは気づいた。
どうもさっきから意識が朦朧として、言葉の羅列も回らなくなってきている気がする。
きっと少し本気で歌いすぎたのだ。
「ごめん、ランカちゃん・・・俺、ちょっと疲れちゃった」
「シ、エルさん・・・?」
ランカがシエルの異変に気づいてその顔を覗きこんでくる。
「体調管理はプロの基本、なのに・・・な。ちょっと、休憩するな。」
視界の中のランカが首を大きく横に振りながら何か言っているがシエルの耳にはもう届かなかった。
ゆっくりと目蓋を閉じると、そこに可憐に笑う彼がいるような気がした。


神様に恋をしてたころは
こんな別れがくるとは思ってなかったよ
もう二度と触れられないのなら
せめて最後に もう一度抱きしめて欲しかったよ
It's long long goodnbye...


いつか、いつかまた君に会うことができたら
愛してると伝えよう
それまで
さようなら 愛しい人




end.




あとがき

なんとか終り(?)ました...!!
ここまで読んで下さった方ありがとうございました!
たぶんオマケというかエピローグ的なものをあと一話書くような気がするので、それも宜しくお願いします。
[26.05.2011]