ここに来てどれほどの月日が経ったのか。
ただ呆然と過ごして既に半月、否、実際は14年になるらしい。
幸村の意識の持ち得る範囲で己が九度山にいるのはここ半月ほどのこと、後者の14年というのは猿飛佐助の話によるところだ。
関ヶ原で石田三成率いる西軍が大敗を記した後、真田昌幸・幸村父子には九度山に謹慎処分が下った。
再び天下が乱れ、家康と一戦を交えることを夢に九度山に下った幸村の父、昌幸は昨年その生涯を終えたという。
幸村にしてみれば何もかもが信じられない話だ。
全てが一変しているのだ。
己の知る限りでは豊臣秀吉は健在で、徳川家康は秀吉の天下に従順だった。
少なくとも表面上は従順で、逆らう様子などなかった。
確かにその秀吉が世を去り、家康がその化けの皮を剥ぐように本性を表したといえば納得のいく話ではあるが、そもそも幸村には秀吉がこの世の人ではなくなったこと自体信じがたいのだ。
そして何よりこの耳を疑ったのは石田三成もまたこの世の人ではないということ。
あの時まで確かに、己の腕の中にいた愛おしい人がいないという。
狂おしく肌を合わせたあの人がいないのだという。
佐助の話を聞く限り、六条河原で斬首された石田三成は幸村のいうその人とは別人だというが、それでも己の愛する人がこの世にいないのは確かであった。
あの雨の日、彼の褥で眠った瞬間なにもかもが変ってしまった。
まるで悪い夢でも見ているかのように。
そう、夢なのだ。
愛おしい彼がいないということを理解しつつも、こうして幸村が半月もの間ここで暮らしてこれたのはこれが夢なのだとぼんやりと思っているからだ。
だから心乱し、荒れ狂うこともなくぼんやりと毎日を送ることができる。
夢なのだとすればいつか醒める。
目が覚めればきっと彼が己の腕の中で静かに吐息を立てて眠っていることだろう。
だから目が覚めるまでこの憂鬱な夢にも付き合おう、と半月もの間過ごしてきた。

「もうすぐだぜ、」
幸村の頭上から猿飛佐助が姿を現した。
九度山に謹慎中の幸村は山から降りて大坂や堺の町に赴くことができない。
だから佐助などの草の者たちがもたらす情報で家康や、大阪城にいる秀頼の状況を判断するしかない。
そしてこの草の者たちの情報によれば、もうすぐ豊臣に向けて徳川が兵を挙げるのだという。
残る豊臣の軍勢はこれを大阪城にて待ち受ける。
もちろん勝機はないに等しい。
これは豊臣最後の意地だ。
徳川の天下に抗う意地。
そしてそれに幸村も参戦する。
それが己の意志か、己の知らない己の意志か、わからないがこの長い夢を終わらせてくれるのであれば、その戦で死のうが、どうなろうが何でもよかった。
「そうか。」
曖昧に返事をすると縁側に腰掛けたまま幸村は庭先に目を向ける。
佐助はそんな幸村の様子に何か言おうといてぐっと押し黙る。
最近こうした佐助の苦悶の表情を幸村はよく見かける。
その理由が自分自身にあることも幸村はよくわかっていた。
だが、夢が醒めれば全てが元通りになると思えば何も声を掛けてやる気になれなかった。
「何を見てるんだ?」
幸村の視線の先を探って佐助もまた庭の方に目を向ける。
手入れなどされていない殺風景な庭だった。
庭木に幸村が手を施そうとしたら昌幸がここの長居するつもりなどない、と静止ていた。
不意にそんなことが思い興された。
「花が・・・。」
「あぁ、彼岸花か。」
幸村の視線の先には紅い彼岸花がその実を咲かせていた。
「今年も咲いた・・・のか。」
「あぁ、この時期になるとな。」
旦那はこの花が好きだったな、と佐助が続けたところで幸村は己の記憶を疑った。
(何故俺は今年も花が咲いたと言ったのだ?)
(それに父上の言葉・・・何故俺はここに着たばかりの頃を知っている・・・?)
「旦那?」
幸村の異変に気づいた佐助が怪訝そうに声を掛けてくる。
「佐助!!何故俺は去年もここにこの彼岸花が咲いていたことを知っているのだっ!?何故俺は父上が庭の手入れなどせぬように言ったことを知っているのだっ!?」
佐助の胸倉を掴み、迫るように問いかける。
佐助は幸村のその必死な姿に戸惑いを隠せないかのように視線を泳がす。
「何故って・・・旦那はずっとここにいるじゃないか。」
「違う!!俺はこんなところにいなかった!!」
「また熱があるわけじゃないし、何言って・・・。」
「違う、熱があるわけでも何でもない!!俺は、あの日からずっと夢を見ていて、本当は三成殿と一緒に・・・っ一緒にいて、こんなあの方のいないこんな世など知らない!!お前の言う、豊臣も、徳川も、真田幸村という男も俺は知らなっ・・!・・・っつ」
言い終えるまでにパンッと空気を裂くような鋭い音が鳴り響いた。
幸村は小さく呻くとひりひりと傷む頬に手を当てる。
睨むように顔を上げると張り挙げた手を下ろすことを忘れたかのように肩で息をして、ひどく怒っているとも悲しんでいるともとれないような表情の佐助と目が合った。
「いい加減にしてくれっ旦那!!」
静か過ぎるこの場所には不似合いな怒声だった。
胸元に伸びてきた手が幸村の小袖の衿首を掴むと息が詰まって、呼吸がままならないことに眉根が歪む。
「あんたは天下分け目の大戦のときに徳川秀忠の軍勢を相手に勇猛果敢に戦った、真田源二郎幸村だっ!!俺は誰にもそれを否定させやしないっ!たとえ旦那、あんた自身であってもだ!!」
佐助の後ろを季節外れの一羽の蝶が飛んでいた。
そのときふと幸村の中を大陸の古い説話が過ぎった。
夢で蝶となり飛びまわるうちに己が人であるのか、蝶であるのかわからなくなってしまった青年の話だ。
「なぁ、旦那。俺や、ここにいる草の者たちは皆最後まであんたに付いていくつもりだよ。皆、真田の忍びだ。皆、あんたに、真田幸村に心底惚れてんだ。だけど、それをあんたが否定しちまっちゃあ俺達はどうすればいい?あんたが空言の恋人の名前なんか口にして腑抜けたらどうすればいい?俺たちには、俺にはあんたが必要なんだ・・・っ!!だから・・・っだから、頼むから、しっかり前を見てくれっ・・・!!夢から醒めてくれ・・・っ!!あんたは今ここに生きてんだろうがっ・・・!!」
衿首を苦しいほど締め付ける佐助の手が震えていた。
佐助はもしかした泣いていたのかもしれないが、草の者である彼から涙は流れなかった。
「っ!!」
込み上げてくる感情を抑えきれず、幸村は佐助の手を払い退けると裸足のまま縁を駆け下りた。
目の前には真田の紅揃えを思わせる流麗な彼岸花と蝶の姿があった。
「・・・俺は夢・・・を見ていたのか?」
視線の先の蝶が不意に幸村の周りと一回り飛ぶと、遥か彼方の空へと飛び立っていた。
その姿が暗雲に消えてゆくと、ひたり、と頬を冷たい水滴が濡らした。
「あぁ。」
背後で佐助の声がした。
蝶が消え去った空は重く、ごろごろとその唸りをあげている。
きっともうすぐ雨が降る。
九度山の気象の移り変わりは速い。
良い天気だと縁側でうたた寝をしていても、次に目を覚ましたときには冷たい雨が滴り落ちているということもよくある。
十年以上もここで生活していればもうすっかり慣れてしまったのも事実だ。
ただこの久方ぶりの雨は幸村に最後に雨を見たあの臥所を思いださせる。
誰よりも愛した彼と睦言を何度も交わしたあの夢のような日を。
いや、あれは余りに幸せすぎる夢そのものだったのだろうか?
優しい夢に包まれて、いつの間にか己はあの青年のように己が蝶か人か、見失ってしまっていたのだろうか?
「なぁ、佐助。それでは何故・・・」
静かに自問してみても答えなど出てくるはずもないが、それでも幸村には確かなことが一つあった。
この現が夢であれ、夢が現であれ、己はもう永遠にあの人を失ってしまった。
幾度も肌を合わせ、己の存在を確かめあった愛しい人を。

「何故、こんなにも胸が苦しいのだろう?」





なんか佐助→幸村要素が多くなってしまった。
そしてただの欝エンドです←
ただ幸村の三成に対する愛は書いた、かと?←

[2010年 1月 6日]