しとしとと降り注ぐ水の音。
湿った空気がそっと肌を撫で、雨特有の香りが鼻をついた。
縁側の障子に手を掛けながら見上げた空はもうすぐ日が昇る時間だというのに、それを拒むかのように黒い雲が一面を覆っている。
「―雨が降っているのか?」
ふと背後からよく聞きなれた声がした。
たった今目覚めたばかりなのだろう、声は普段より幾分か掠れていた。
薄暗いその部屋の中で声の主は本来の役割を殆ど果たしていない乱れた着物を身に纏い、目覚めたばかりの重たい頭を片手で支えていた。
はだけて露わになったその細く白い首筋や鎖骨からは昨夜の情事を思わせる痕がいくつも伺えたが、本人はそんなことに気づいていないらしく、眠たい眼を何度も手で擦っている。
もともと朝が苦手な上にこんな日の当らない天気では目覚めも一層悪いのだろう。
幸村はそんな恋人の妖艶な姿から目線を逸らすかのように再び、雨の降りしきる中庭に視線を戻す。
「えぇ。折角の暇だというのに、勿体ないですね。」
遠乗りをしよう、と約束していたことを思い出して幸村の声音にいつになくかげりがあった。
同じ大阪にいても2人が顔を合わすことは殆どない。
と、いうより執務に追われる三成が仕事場から離れることが殆どないため、必然的に会う機会も失われるのだ。
そんな三成が久方ぶりに丸一日の暇を秀吉からもらい、屋敷に幸村を呼び出したのは昨日のこと。
ほぼ2週間ぶりに三成に会えて、珍しく心が高ぶっていただけに生憎の雨でせっかくの遠乗りも中止せねばならなくなったことに幸村は酷く気落ちしていた。
「―!?」
が、ふと腰に何かが絡みつく感覚に目を落とすと、三成のしなやかな腕が自分の腹のあたりで結ばれていた。
「三成・・・殿?」
「こうして二人で居られるのだ、雨でも良いではないか。」
後ろからぴったりと幸村にしなだれ掛かるように、いつの間にか着物の乱れを直した三成が立っていた。
微かな驚きに振り返るとちょうど己の肩に頭をもたげた三成からほのかに彼が愛用する香の薫りがした。
「・・・幸村の匂いがする。」
「私からは貴方の匂いがします。」
腰に回された腕にそっと己の手を重ねて、未だ眠そうに眼を開閉する恋人に微笑みかける。
「俺のはただの香だ。幸村からは・・・山の木や土のような自然な匂いがする。」
「・・・それは埃っぽいということでしょうか?」
不安げに幸村が眉根を寄せると三成はフンと鼻でそれを一笑した。
「馬鹿、違う。落ち着くと言っておるのだ。」
背に感じる三成の体温に幸村もまたひどく安堵する。
こうして臆面もなく二人で寄り添えるようになるまでどれほどの月日がかかったことか。
ようやく思いは通じても人の倍以上もその恥じらいも矜持も高い三成だけに、なかなか二人の距離が縮まらなかった。
別段幸村はそんな恋人をじれったく思うようなことはなかったが、それでも今のように三成が素直にその身を自分に預けてくれるようになると狂喜の思いがこみ上げてくるのも事実だった。
自分達の思いはぴったりと寄り添っているのだ、と。
そう確信できることほど喜びを感じるものはなかった。
「三成殿・・・。」
愛しい人の名を呼び、そっとその唇に己のそれを重ねる。
初めはただ触れるだけ。
次に少し深く、さらに深く、歯裏をなぞり、舌を絡める。
「んっ・・・あっ・・・ゆき、むら・・・っ」
幸村の唇が三成のそれから徐所に首筋、鎖骨へと移動していき、ふとその手が三成の下帯に掛けられたとき、三成が己の手を重ねそれを軽く制した。
「こんな朝早くから・・・」
「どうせここにいるのであれば何をしていても同じではありませんか?」
外の雨は一向に止む気配がない。
この分だと今日一日はどちらにしろ大人しく三成の屋敷に留まるしかなさそうだ。
それならば込み上げてくるこの情にもう少し浸ってもいいのではないか、と幸村は思う。
三成も満更ではないらしく、それ以上の抵抗を見せない。
それどころかその腕を幸村の頭部に回し、さらに深い愛撫をねだった。




しとしとと降る。
雨は未だ已むことを知らず。 




続




                

よくあるネタです。だけど大好きなネタです。胡蝶夢。

[2009年 11月 15日]